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福知山第8代藩主・朽木昌綱公の御典医・有馬文仲について

slvmtdさん

2012/10/1516:35:03

福知山第8代藩主・朽木昌綱公の御典医・有馬文仲について

朽木昌綱公は蘭癖大名として知られ、杉田玄白らの解体新書翻訳に関わり、大槻玄沢の長崎留学を支援しました。玄沢が私塾「芝蘭堂」を開設した時、御典医・有馬文仲を玄白の一番弟子として送り込みました。文仲は玄白の忠実な弟子として仕え「蘭説弁惑」を刊行しました。しかし、文仲は玄沢の弟子になって4年目に夭折しました(病名不明)ので、文仲については資料に乏しく人物像や足跡については殆ど知られていません。
文仲の人物像や足跡(とくに大槻玄沢の弟子となった4年間の)について御教示いただけるとありがたく存じます。ちなみに江戸末期に順正書院を開設した新宮涼庭は文仲の義弟に当たります。

補足文仲の死後、彼の弟・有馬丹山も享和3年(1803)に大槻玄沢に弟子入りしました。彼は長生きしましたが、彼の人物像や足跡もよく判りません。併せて丹山についても御教示ください。

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ベストアンサーに選ばれた回答

nakanochurchさん

2012/10/1516:51:20

この質問は興味あります。
私の旧制高等学校時代の数学の先生が
「朽木十吉」先生。 京都大学の御卒業で、
「朽木ポイント」と云う幾何学の問題の話題の
提供者であるそうです。
どんな話なのか?
今は昔、知る人が居らなんだ!

どなたかどうぞ、回答をお願い!
鯖街道の豪族でしょうな!
家妻の先祖も、それに近い街道筋の出身でした。

質問した人からのコメント

2012/10/19 09:05:39

貴重な御回答ありがとう存じました。朽木氏は元来朽木谷出身の豪族と聞いていましたが、今でも朽木氏のご末裔が在住されているのでしょうか?有馬文仲については未だに謎ですね。

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