上方落語協会の会員を見てみると、故桂枝雀師匠の一門の方々が会員でないようなのですが、どうしてか知って

上方落語協会の会員を見てみると、故桂枝雀師匠の一門の方々が会員でないようなのですが、どうしてか知って 上方落語協会の会員を見てみると、故桂枝雀師匠の一門の方々が会員でないようなのですが、どうしてか知っている方教えてください。何か理由があると思います。よろしくお願いします。

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現在多くの落語家さんが所属する『社団法人上方落語協会』 関西の落語家さんを中心に協会員192名 (落語家181名、三味線11名) という大所帯で活動しています。 その発足は1957年ということですから 来年50周年を迎える歴史ある協会であります。 現在会長さんは、ご存知桂三枝さん(平成15年六代目就任)です。 そんな上方落語家協会も紆余曲折があったのでした・・・。 1994年 協会の運営面などに不満を持った桂枝雀一門が脱会し、 弟弟子のざこば一門 もそれに続いて脱会しました。厳密には、まず枝雀一門が脱退し、その脱退問題 を話し合う場が設けられ、そこで笑福亭仁鶴が枝雀一門を非難した。 その非難に「枝雀兄ちゃんを悪くいうんかい!」と完全に切れた "ざこばさん"がさらに一門を率いて脱退したようです。 ことの発端は五代目会長に露の五郎さんが就任した際に、桂枝雀さんの筆頭弟子 である桂南光さんが、「米朝(枝雀の師匠)師匠より先に五郎会長はおかしい」 と反発したことに始まります。 当時の会長は、 松鶴⇒春団治⇒文枝(当時小文枝)という 『昭和四天王』と呼ばれた 大御所が歴代会長を 務めてきました。 ですから確かに五代目会長は、残る四天王の一人である米朝さんの就任が 順当だったのですが・・・。 桂米朝さんとは説明するまでもありませんが、ご存知ない方の為に説明しますと、 笑福亭松鶴さん、桂春団治さん、桂文枝さんと共に 『上方落語昭和四天王』 と呼ばる上方落語を復興させた名人であります。 1996年には 「人間国宝(重要無形文化財保持者の通称)」にも 認定 された日本落語界の超重鎮なのであります。 2004年には桂ざこばさんも協会に復帰され (南光さんは復帰せず) 桂三枝会長を筆頭に新しい目標に向け精力的に 活動を行っています。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

早々に回答頂き、感謝感激です。 子供の頃から上方落語ファンでしたが、暫く遠ざかっており、最近の状況を知りませんでした。ありがとうございました。

お礼日時:2006/10/15 11:26