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大韓民国で、「独島」と載っている初出の文献は、いつの文献ですか?

nao********さん

2012/11/907:13:13

大韓民国で、「独島」と載っている初出の文献は、いつの文献ですか?

大韓民国が「独島」主張をしている情報を見ても、よく見ると、「独島」とは記述されておらず、「于山島」「于島」「竹島」「竹嶋」「竹嶼」等の事です。

更に、「勅令41号」とされている文献には、それまでの朝鮮半島詩に出て来なかった「石島」が突如として出現しますが、それは検証の結果、「観音島」との結論が出ています。
大韓民国は「石島」が日本領土「竹島」だと主張していますが、「独島」とは書いていません。

大韓民国で「独島」の記述が最初に出てくる文献は、いつの、どの文献でしょうか?

補足『世宗荘憲實録』地理誌
二島の続き概略>
智証王12(512)年、軍長の異斯夫は、于山人は野蛮で征服困難で要知略とし、多くの木造の獣を軍船に分載して行き、島民に「服従せずば、猛獣を島に放つぞ」。住民は懼れて降伏。
毅宗13年審察使達が報告:島央に大きな山、頂~海岸迄、東1万歩・西1.3万・南1.5・北8千、村跡7つ・石仏像・石塔・鉄鐘あり薬草多く自生。
太祖時代、大勢逃込み、按撫使金が島民強制退去、空〔うつ〕島化。

大韓民国,独島,文献,石島,竹嶼,安龍福,于山

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shp********さん

編集あり2012/11/1012:19:00

「独島」という名称自体は1906年、鬱陵郡守の沈興沢によりはじめて使われた、とされています。

http://take8591.blogspot.jp/2010/02/blog-post_9424.html

一番古い記録では1145年に編纂された朝鮮半島最古の歴史書である『三国史記』に「于山国は溟州のちょうど東の海の島にあり、別名を鬱陵島という。」とあります。

韓国側は、この于山国が現在の鬱陵島と独島(竹島)を含んでいるので、512年から独島(竹島)は韓国領と主張しています。

しかし鬱陵島以外の島については全く記されていませんし、国名が于山国であることから鬱陵島の本来の名が于山島である可能性が高いとされています。

なお韓国では安龍福が、当時日本人の呼ぶ松島(現在の竹島)を于山島だと主張した最初の人物であると言われています。
実際問題としては、安龍福がどこの島を于山島と主張したのかわかっていませんが。

安龍福については
http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%E5%AE%89%E9%BE%8D%E7%A6%8F?from=...

をどうぞ。

質問した人からのコメント

2012/11/15 23:34:47

御解答有難うございました。
とても勉強になります。

補足続編>
按撫使金の報告:島は土地肥沃、竹は柱の如く太く、鼠は猫の如く大。桃の種は升の如く大。島の産物は皆その様だ

于島・空島・鬱島・鬱陵島・武陵・羽陵・于山島・蔚山・蔚珍など、朝鮮語を漢字変換して時代と人により様々に呼ばれた様ですね。
按撫使金麟雨の報告から中華伝説「武陵桃源」を連想し、「武陵」とも呼ばれた様ですね。

でも「独島」の事じゃない所が、ミソ。

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