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中国地方を治めていた大内家は中国の百済の出自の為に管領になれなかったと聞いた...

mik********さん

2012/12/1021:17:38

中国地方を治めていた大内家は中国の百済の出自の為に管領になれなかったと聞いた事がありますが本当ですか?

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zun********さん

2012/12/1100:54:22

古代朝鮮百済系というのは確かに伝わっていますが、そもそも大内氏は
室町将軍の管領になる筋合いではない、というのが妥当です。

もともとは足利氏の執事が、後の管領に相当する役職でした。しかし、
この執事とは足利氏の家臣です。足利氏と大内氏は「御家人同士」の
間柄で、足利氏の家臣は御家人よりも下になります。

足利氏が天下を掌握すると、執事程度の威厳では大名格の武士を相手
には役者不足になってきたので、名称を管領と改め、足利一門から任じ
られるようになります。

後に管領として権勢をふるう斯波氏などは、はじめこの執事・管領に
納まるのをよしとしなかったといいます。斯波氏も鎌倉時代はれっきとした
御家人だったためですが、そこを一門だからと足利氏が要請したものです。

質問した人からのコメント

2012/12/11 21:06:11

歴史は難しいですね。ありがとうございました。

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hak********さん

2012/12/1108:26:48

元々、管領は斯波、細川、畠山の三氏のみが就任できる矢君職です。

goh********さん

2012/12/1022:05:13

それは俗説です。大内義隆は朝廷から従三位、名目上だけの位でしたが九州を統括していた大宰府の長官である大宰大弐に叙せられていますし、天文十七年には従二位に叙せられいます。

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