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マルクスの”共産党宣言”を読んでいるのですが、 1章の最後の段落にある

moh********さん

2013/1/1508:38:52

マルクスの”共産党宣言”を読んでいるのですが、
1章の最後の段落にある

「ブルジョワ階級の存在と支配の本質的条件は、資本の形成と増大です。そして資本の条件は賃労働です。賃労働はもっぱら労働者の間の競争を当てにしています。ブルジョワジーは不本意ながら工業の進歩の促進者なのですが、この工業の進歩は、競争による労働者の孤立を、結社による革命的連携で置き換えます。だから近代工業の発展は、ブルジョワジーの足元から、ブルジョワジーが生産し生産物を専有してきた基盤そのものを取り除きます。ですからブルジョワジーが生産したものは、なによりもまず、自分の墓掘り人なのです。ブルジョワジーの没落とプロレタリアートの勝利は、等しく避けられないことなのです。」

という節の、
「ですからブルジョワジーが生産したものは、なによりもまず、自分の墓掘り人なのです。ブルジョワジーの没落とプロレタリアートの勝利は、等しく避けられないことなのです。」
の文の意味がなかなかわかりません。自分の墓堀り人であるとは、どういうことなのでしょうか。
また、なぜ”墓堀り人”なのですか?
プロレタリアートが勝利する、というのもなかなかよく理解できません。

どうぞよろしくお願いします!!

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ベストアンサーに選ばれた回答

ten********さん

編集あり2013/1/1614:26:03

質問者が「わからない」といった箇所のすぐ手前をみてみます。

「ブルジョワジーは不本意ながら工業の進歩の促進者なのですが、この工業の進歩は、競争による労働者の孤立を、結社による革命的連携で置き換えます。」

これがミソです。

それまでは、商品の生産は、個々の職場で職人みたいにして生産していました。バラバラの職場で商品がつくられ、労働者は互いに商品の作り手の顔も知らないままでした。

ところが、「工業の進歩」によって、機械制の大工場となり、労働者は1カ所に集められ、同じ工場で作業する「仲間」になりました。労働者たちは結束し、結社をつくり、社会運動にたちあがっていきます。

これが、「工業の進歩は、競争による労働者の孤立を、結社による革命的連携で置き換えます」という意味です。


それゆえに、「だから近代工業の発展は、ブルジョワジーの足元から、ブルジョワジーが生産し生産物を専有してきた基盤そのものを取り除きます」というのは、工業が発展すればするほど、ブルジョアジー(資本家)のすぐ足元である大工場で、労働者の結束が高められ、ブルジョアジーに反対する社会運動をさかんにし、ブルジョアジーの拠って立つ基盤をゆるがすことになる……という意味です。

「墓堀人」というのは、死体を葬るために穴を掘っている人のことですが、この場合の葬られる「死体」は、ブルジョアジーの支配、つまり資本主義体制そのものです。「自分自身の墓堀人」というのは、そういう意味です。「墓穴を掘る」という言葉がありますが、「身を滅ぼす原因を自分から作ることのたとえ」(大辞林)という意味ですよね。同じ意味です。

自分がもうけるために工業を発展させてきたブルジョアジーですが、その工業の発展が労働者の反抗を増大させ、やがて自分の支配を掘り崩し、自分の支配体制を崩壊させる……という意味。工業を発展させる行為そのものが「墓を掘る」、しかも自分の「墓を掘る」ということなのです。


* * * *


ちなみに、これは私の勝手な独りよがりの解釈でないことを示すために、マルクスの『資本論』、およびエンゲルスの『空想から科学へ』より、関連する箇所を以下に抜粋しておきましょう。

●『資本論』第1部第7篇第24章「いわゆる本源的蓄積」より
「この集積すなわち少数の資本家による多数の資本家の収奪と手をたずさえて、ますます大きくなる規模での労働過程の協業的形態が、科学の意識的な技術学的応用が、土地の計画的な共同利用が、労働手段のただ共同的にしか使用できない労働手段への転化が、結合された社会的労働が共同の生産手段として使用されることによるすべての生産手段の節約が、発展していく。この転化過程のすべての利益を横領し独占する大資本家の数が絶えず減少していくのにつれて、貧困・圧迫・隷属・堕落・搾取の総量が増大する。しかし、絶えず膨張していき資本主義的生産過程そのものの機構によって訓練され結合され組織される労働者階級の反抗も、増大する。資本は、資本とともにまた資本のもとで開花してきたこの生産様式の桎梏となる。生産手段の集積と労働の社会化とは、これがそうした資本主義的な外被と両立できなくなる一点に到達する。この外被は爆破される。資本主義的私的所有の弔鐘が鳴る。収奪者が収奪される」

●『空想から科学へ』第3章
「資本主義的革命――まず単純な協業とマニュファクチュアとによっておこなわれる工業の改造。これまで分散していた生産手段の大きな作業場での集積、したがってまた個々人の生産手段から社会的生産手段への転化」

質問した人からのコメント

2013/1/18 09:17:43

どの回答もとても良かったのでどの方をベストアンサーにしようか迷ったのですが、今回は一番長く書いてくださったtengu_tou2000さんを選ばせていただきます!とてもわかりやすくて助かりました!
回答してくださったみなさん、本当にありがとうございました!

ベストアンサー以外の回答

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dae********さん

編集あり2013/1/1608:13:58

ブルジョワジーの生産した物が自らの墓掘り人と言っているのは、資本主義のシステムが労働者を殖やし、搾取の収奪を強めると消費者としての労働者が購入出来ないと言う、当時の仕組みを指しています。故にブロジョワジーの崩壊を招くと言うのです。

更にプロレタリアートが勝利すると言うのは、労働者が階級闘争の上に立てば、労働者であるプロレタリアートは絶対多数であり、少数のブルジョワジーに多数のプロレタリアートが支配され続ける事は出来ないと言う視点で言っています。

物事を知るのではなく理解するのならば、その時代の社会状況の上に立たみる必要があるでしょう。
我が子が死んだ悲しさを理解出来ると言ったって、心の底から理解出来るのは自分の子を死なせた時だけ。
その意味では資本論や共産党宣言が書かれた時代に立って考える事が必要です。

マルクスは少数のブルジョアジーが多数のプロレタリアートを搾取すれば、プロレタリア―はブルジョワジ―を倒すと思っていた様です。しかし現実には労働者がプロレタリアートになる事も無く(そうした思想に染まる事も無く)、資本主義が未だ続いて居る訳です。しかし世界が増々狭くなり、資本の海外移動や運用が広がると、何時までもその体制が続くとは限りません。資本主義社会の中での社会システムは、論理が先行するのではなく、現実が先行するからです。

一部の超大金持ちが世界を牛耳る時代、一方で喰う者も無く栄養失調で死んで行く未開発の人達を見ると、あながち未来は革命の時代になるかも知れません。民族紛争だけでなく、今度は肥える者と痩せる者との対立は、既に中国の国内でも進んでいるのですから。やがて時が来れば、その風潮は世界に広がるとも思います。
その時は新たなマルクスが出るかもしれません。

それ故に大金持ち達は国民を程ほどの思想教育を施し、貧乏人が貧乏人を慰め諦めさせる方策がとられます。
それが宗教と言うやつです。故に権力はこの宗教の保護者となり利用して来たのです。

まぁ今の世の中、人間は大して進歩できません。
先に先にと突っ走るのは、科学など儲け話になるかならないかの世界だけ。
しかし哲学は社会の仕組みを知る上では基本です。
文学で言えば源氏物語の様なもの、現実とはかけ離れていますが、無駄ではありませんよ。

sir********さん

2013/1/1510:52:07

1848年の本でしょうか?165年前の本ですね。日本は、江戸時代、黒船が日本にやってくる五年前ですね。幕末といえば、幕末、『八重の桜』の時代の本です。
世界史で、1848年といえば、二月革命?フォーティエイト、カリフォルニアで金鉱山発見で、ゴールドラッシュが起きた年です。
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/2011/tv/sekaishi/archive/chap...
無理に理解しようとせずに、時間をおいて、また、読んでみてください。

bai********さん

2013/1/1509:24:54

ブルジョワジーが頑張って工業化を推し進めれば
進めるるほど、孤立していた労働者の結束を招く、
しかもそれは革命的結束であり、いずれはその
労働者の結束がブルジョワジーを転覆させる、
つまり労働者が生産手段を奪取するようになると
いうことを言いたいのでしょう。だからつまり、
ブルジョワジーは資本を増大させることによって、
自分を転覆させる労働者を育てているのだという
ような理屈だと思います。

kum********さん

2013/1/1509:24:18

ブルジョワジーの生産した物が自らの墓掘り人と言っているのは、資本主義のシステムが労働者を殖やし、搾取の収奪を強めると消費者としての労働者が購入出来ないと言う、当時の仕組みを指しています。故にブロジョワジーの崩壊を招くと言うのです。

更にプロレタリアートが勝利すると言うのは、労働者が階級闘争の上に立てば、労働者であるプロレタリアートは絶対多数であり、少数のブルジョワジーに多数のプロレタリアートが支配され続ける事は出来ないと言う視点で言っています。

物事を知るのではなく理解するのならば、その時代の社会状況の上に立たみる必要があるでしょう。
我が子が死んだ悲しさを理解出来ると言ったって、心の底から理解出来るのは自分の子を死なせた時だけ。
その意味では資本論や共産党宣言が書かれた時代に立って考える事が必要です。

マルクスは少数のブルジョアジーが多数のプロレタリアートを搾取すれば、プロレタリア―はブルジョワジ―を倒すと思っていた様です。しかし現実には労働者がプロレタリアートになる事も無く(そうした思想に染まる事も無く)、資本主義が未だ続いて居る訳です。しかし世界が増々狭くなり、資本の海外移動や運用が広がると、何時までもその体制が続くとは限りません。資本主義社会の中での社会システムは、論理が先行するのではなく、現実が先行するからです。

一部の超大金持ちが世界を牛耳る時代、一方で喰う者も無く栄養失調で死んで行く未開発の人達を見ると、あながち未来は革命の時代になるかも知れません。民族紛争だけでなく、今度は肥える者と痩せる者との対立は、既に中国の国内でも進んでいるのですから。やがて時が来れば、その風潮は世界に広がるとも思います。
その時は新たなマルクスが出るかもしれません。

それ故に大金持ち達は国民を程ほどの思想教育を施し、貧乏人が貧乏人を慰め諦めさせる方策がとられます。
それが宗教と言うやつです。故に権力はこの宗教の保護者となり利用して来たのです。

まぁ今の世の中、人間は大して進歩できません。
先に先にと突っ走るのは、科学など儲け話になるかならないかの世界だけ。
しかし哲学は社会の仕組みを知る上では基本です。
文学で言えば源氏物語の様なもの、現実とはかけ離れていますが、無駄ではありませんよ。

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