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ドイツ軍は、レニングラード、モスクワ、スターリングラードの3都市を陥落させる...

ceq********さん

2013/3/918:51:18

ドイツ軍は、レニングラード、モスクワ、スターリングラードの3都市を陥落させることができなかったわけですが。


あれだけ力を尽くして、あれだけ悪逆の限りを尽くしてもロシア民衆を屈伏させることができなかった。
劣等人種たるスラブ人種を屈伏させることができなかったわけですが。


このロシアの3都市を陥落させることができなかった理由を教えてください。

補足そうですね、大英帝国を空軍で屈伏できなかったのは大きな誤算だと思われます。

英国から爆撃機による空爆によってドイツの軍需産業の工業地帯が徹底的に叩かれて、弾薬や兵器の補給が思うようにいかなくなり、いわばドイツ軍の急所を突かれた形となりました。

英国からの爆撃機の浸入を防ぐ事ができればロシアを屈伏できたかもしれませんね

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mat********さん

編集あり2013/3/1601:24:31

レニングラード、モスクワとスターリングラードでは攻勢の時期が異なりますので一緒にはできませんが、両方とも作戦ミスです。それもヒトラー総統の指令と軍の方針が一致しないことで起きたナチスドイツの政治体制が招いた致命的なものでした。

対ソ連侵攻作戦バルバロッサ作戦自体、最初の目標がどこなのか陸軍とヒトラーでは一致していませんでした。陸軍は冬将軍の到来を恐れ、とにかくモスクワへの最短コースを考えていましたが、ヒトラーは穀倉地帯のウクライナのキエフを包囲する作戦を命令、キエフ包囲戦でソ連軍に大打撃を与えますが、同時にモスクワへの貴重な時間も失ってしまったのです。そしてようやくモスクワ攻略に着手したころには11月末既に道路は泥でぬかるみ始めていました。そして冬将軍が到来し、冬前にモスクワ攻略を想定していたドイツ軍には極寒装備が無く、敗退することになります。

スターリングラード攻防戦の頃にはこのヒトラーと軍の対立はさらに悪化していました。モスクワ敗戦後もドイツ軍はなんとかソ連軍の反撃を押し留めます。そこでヒトラーは総統命令第41号、作戦ブラウ。ロシア南部コーカサスへの侵攻を命令しますが、陸軍の将軍や参謀は反対します。戦線を維持するのが精一杯でとても攻勢に出る予備兵力など無い、無謀な作戦だったのです。
しかもスターリングラードという街自体には大した戦略的価値が無いのにスターリンという名前にヒトラーはこだわり、小さな街に多くの兵力を貼り付け、その両側からソ連軍の大軍に包囲されると言う戦術的失敗を招きます。
その危険を陸軍の参謀や将軍は何度も進言しますがヒトラーは解任を連発し、聞く耳を持ちませんでした。結果、作戦ブラウの失敗でドイツは100万以上の兵力を喪失して以後、二度と戦線を立て直すことはできませんでした。

つまるところヒトラーは政治家としてはカリスマだったのかも知れませんが戦略家としての才能は無かった。

またヒトラーはゲーリング、ヒムラーといった自分の喜ぶことしか言わない部下ばかり回りに揃えたことで戦局が悪化する情報は「総統の機嫌を損ねるから」と部下が隠してしまうことも良くあったと言います。情報を正しく認識せず見たくない情報から目を背けるようではリーダーとしては失格だったということでしょう。

そしてリーダーが自分の聞きたくない情報から目を背けるようになったら、もうその国は長く無い。ということでしょう。

最後にモスクワ攻防戦が行われたのは1941年冬、その時期の英国空軍は同じ年の夏まで続いたバトルオブブリテン本土防空戦からの打撃が続いており、本格的なドイツ空襲は42年夏以降。42年1月にはドイツ軍はモスクワ全面での戦線が崩壊していますので、英国の空襲と少なくともモスクワ攻防戦はあまり関係ないと思いますよ。

戦争は人種の差とかではなく、総合的な国力で優劣が決まります。モスクワ攻防戦の時には既にドイツの国力自体が限界を超えて悲鳴を上げていたのです。そういった国力判断ができない時点でヒトラーと”優秀民族”ドイツの敗戦は決定的だったと言えるでしょう。

質問した人からのコメント

2013/3/16 09:12:56

驚く ありがとうございました。

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tak********さん

2013/3/1015:47:46

あまりに広く、冬寒く、道路網が不完全で雨季にはぬかるみ、で、ソ連が日本よりは大幅に進んでいる工業国で、陸戦兵器も日本軍とは段違いに優れていた、からですね。
そういうことを全く考えようとしなかったヒトラーの甘さが、あさはかさ、命取りだったんです。

rah********さん

2013/3/919:40:07

作戦上の理由もありますが(ドイツ軍首脳で、ヒトラーと陸軍総司令部の戦略思想が一致せず、混乱した)。

根本的理由は国家としての基礎体力の差です。
人口や資源等、いろいろな面でソ連はドイツに優越していました。
恐らく、ソ連側の政治的自滅等、ありえないぐらいの事態が起こらなければ、多少手段を変えてもドイツ軍の進撃は頓挫していたでしょう。

元々、イギリスらと既に戦端を開きつつソ連と交戦、というのはドイツの体力を超えた無謀な行為だったのです。

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