ここから本文です

「やあやあ我こそは・・・」という戦い方はいつやめたのでしょうか?

gin********さん

2013/3/2817:10:08

「やあやあ我こそは・・・」という戦い方はいつやめたのでしょうか?

閲覧数:
1,068
回答数:
5
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

ura********さん

2013/4/201:59:24

マジレスすると「元寇」以後ですね。

「名乗りもせず、飛び道具で馬を狙って来たので卑怯だ」と書き残されています。
これ以後、この習慣は廃れています。

質問した人からのコメント

2013/4/3 19:54:47

驚く 他の回答者様も仰るように、元寇が境目ですか。
大変勉強になりました。御回答に感謝致します。

全ての回答者様
mareskaboon 様
anfcvs401 様
akanumabittyu 様
arinominohana 様
uramesianoakaneko 様

にお礼申し上げます。
次回のつたなき質問にも御教示下さい。
お待ちしております。

ベストアンサー以外の回答

1〜4件/4件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

ari********さん

2013/3/2819:17:30

ゴルフのアテストと同じです。敵に対してもですが味方にも名乗りを上げます。戦後の恩賞請求?の際の証人です。不幸にして命落とした時の速やかなる処置目的もあったと思います。『八幡ノ蒙古記』には「相互に名のりあひ、高名せすんは、一命かきり勝負とおもふ処に」とあります。そんな覚悟の鎌倉武士に高麗の口車に乗せられて、気乗りせずやってきた元は勝てません。
『八幡愚童訓』の元寇の際の一騎打ち伝説が有名ですが、おそらく『八幡ノ蒙古記』を元にして書いた時誤解釈したと推察します。
その後刀槍よりも飛び道具の時代になり、更には鉄砲も加わり轟音で名乗り聞こえません。馬印旗印がの代役になります。

と書いてみたもののmareskaboonさんのウイットに富んだご回答には及びませんね。

aka********さん

2013/3/2818:43:14

戦国時代でも姉川合戦とかで一騎討ちはあったようですので、幕末ごろでしょうか。

anf********さん

2013/3/2817:23:04

元寇の文永の役以後では?弘安の役では日本も防塁を築き、戦法も変えて戦いましたからね。

mar********さん

2013/3/2817:13:21

外国と戦うようになってからだと思います。
言葉が通じないですもん。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる