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月面着陸について。

fuyumin_sさん

2013/4/1415:43:49

月面着陸について。

アポロが月面着陸をしたのは大昔の話ですが、

さて、その後、なぜ何度も月に行かないのでしょうか。

もう調べつくしたという感じではないですよね。

一方、月面着陸は偽造だったという説もありますが、
では、万博で展示された月の石は、なにものだったのでしょうか。

お詳しいかたお願いいたします

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ベストアンサーに選ばれた回答

2013/4/1415:54:34

下の人Operaつかってるのかな
同じURLですが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%AD%E8%A8%88%E...
偽造だったという話はとりあえず聞き流せばよいでしょう。万博で展示された石は本物だと思います。

さて、なぜアポロ計画の後月に行かないのか、ですが。

アポロ計画当時、なぜ月に行ったのかという話からしなければなりません。当時はアメリカを含む西側と旧ソ連を含む東側があらゆる意味で対立していた「冷戦」と呼ばれる時代でした。
実際の戦争には発展しませんでしたが、経済や科学技術など、ありとあらゆる面でお互い競争をしていました。
その一環として、どちらが先に月に行けるか、という競争に発展したのです。

その後、ソ連は崩壊し冷戦は収束しました。月に行くのにはお金がかかります。それも並大抵ではないお金がかかります。国際的な競争という圧力でもない限り、わざわざ月に行くためのお金を出すための動機が、世界にはなかったのです。

要するに、単純に経済的理由です。

なんというか、夢の無い話ですがね……。

質問した人からのコメント

2013/4/15 08:27:30

感謝 基本的な質問で申し訳ありませんでした。ご気分を害された方もいらっしゃいますね。しかしながら、当時の周辺諸国の事情なども丁寧にご回答いただきありがとうございました。いろいろな意見があるのですね、人間はどこまで行くのでしょうか。どこまで行けば満足するのでしょうか。

ベストアンサー以外の回答

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2013/4/1506:20:51

>さて、その後、なぜ何度も月に行かないのでしょうか。

予算がないんですよ、予算が。
アポロ計画の時も、20号まで計画があったのに17号で計画が頓挫したのは、
「そんな何億ドルもかけて月面に行く金があるのなら福祉に使え!」と反対運動が米国のあちこちで吹き荒れて、結局、NASAの予算を連邦議会が承認しなかったからです。

bluefish6802さん

2013/4/1423:47:45

なんでこう天文カテゴリには定期的に子供が沸くんだろう?

質問を投稿する前に一度でもこのカテゴリを
「アポロ」で検索したことはあるのかね?

もしまともなリテラシーを持っているなら
こういう質問は出ないはずなんだがねぇ

>万博で展示された月の石は、なにものだったのでしょう

何物もなにも、本物です

scull4999さん

2013/4/1421:44:36

・・・全部で6回も月に着陸しているのですが,それは「何度も」には入らないんですね。フム。

アポロ計画の後で行かないのはぶっちゃけ「金がない」から。

一応中国もこの間まで「月に行く」っていってましたが,バブル景気がしぼんで軍事費がふくらんでいる今はちょっとトーンダウンしていますね。
それほど「月に行くってことは金がかかる」のです。

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sittakariderさん

2013/4/1421:27:53

>もう調べつくしたという感じではないですよね。

そういう感じでしたよ。

もちろん、金さえあれば、ボーリングしてみるだとか
いくらでもやることはあるでしょうが。

二三回行くと、あとは、「また行ってるの???」
って感じでしたよ。
今は無人機で十分です。
探査の前線も月ではありません。火星です。

編集あり2013/4/1416:39:54

人それぞれに、信じたり、疑ったりいろいろだと思います。

ちなみに、大阪万博のアメリカ館で展示されていた月の石は、展示終了後から行方不明だそうです。 同じく、大阪万博の会期途中から日本館で展示されていた、アメリカから日本に寄贈された月の石は、東京大学に所蔵されていたはずなのですが、これもまた、行方不明となっています。 大切なものなら、行方不明にならないはずなのですが。

実際に月へ行ったとされる宇宙服を見てみると、生地がペラペラで、こんなので大丈夫だったのか不安になります。 あんなので気密性の高い服が作れたのかと誰でも疑問を持つと思います。 そもそも、ナイロンやレーヨンしか作れなかった1960年代に、高機能な繊維は作れなかったはずです。 金属を使った繊維を作れなかった時代に、どうやって宇宙線による被ばくを防いだのか。 作れたとしても、どうやって化学繊維と接着したのか、と、実際に人が行ったかどうかは疑問がたくさんあります。 人が行かなくても、機体だけなら行けたでしょうが、人が行ったとなると、疑う点がたくさんあるような気がします。


その他の捏造説の概略については下のお二方の示されているURLをご覧になるとよいと思います。


以下、アポロ計画が事実だったとしての話です。

アポロ計画は、冷戦時、ソビエトが有人宇宙船による地球の周回飛行に成功させたことが発端です。 1961年のことでした。 「地球は青かった」 で有名なユーリ・ガガーリンが、ボストーク1号に乗って成し遂げた偉業でした。 アメリカも同じことを目標に開発を進めていたのですが、ソビエトに先んじられたアメリカは、同じ年、ケネディ大統領の時代に、「10年以内に人を月に送り込む」、と大見得を切ったのです。

月面基地を作る計画があったわけではありません。 月へ行って何かを探索する予定があったわけでもありません。 アメリカは単にソビエトに勝ちたかっただけです。 そのためには何でもよかったのですが、地球の周回軌道よりも離れたところとなると、月しかなかったわけです。 実際、ソビエトは月を周回して地球に帰ってくる有人飛行を計画していたので、アメリカは、「いっそのこと、月に降りてしまえ」 と言うことになったようです。 お気軽な目的ありきで予算を組んだため、金をつぎ込んだ割には得られるものが少なかったのがアポロ計画です。

調べることが目的ではなく、飛ばすこと自体が目的だったアポロ計画は無駄に金食い虫だったため、3年、6回の成功で幕を閉じました。


それでも、よい副産物はたくさんありました。 その中で最も大きかったのは、半導体を利用したコンピュータです。 今からすれば、MP3プレイヤーに内蔵されているものよりもはるかに性能は劣りましたが、当時としては画期的でした。 他にも、地球の周回軌道でソビエトの宇宙船とドッキングして相互に乗りあうなど、宇宙ステーションの基本技術の蓄積にも繋がっていきました。 また、アポロ計画がなければ、スペースシャトルが実用化するまでにもっと時間が掛かったことでしょう。 とは言っても、スペースシャトルも金食い虫で、成功とは言えませんでしたが。

アポロ計画の最大の功績は、地球からはウサギさんの姿しか見えない月の裏側を見ることに成功したことかも知れません。 おおざっぱであっても、月全体の地理が分かっていたことで、21世紀になってからの、日本の探査機によるハイビジョン撮影が成功したとも言えると思います。

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