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小野賢二発掘資料について http://s.ameblo.jp/seigikan/entry-11181356308.htm...

y1892aさん

2013/5/219:02:57

小野賢二発掘資料について

http://s.ameblo.jp/seigikan/entry-11181356308.html

日記の記録者は、二名を除いてみんな仮名ですか?
これは確かですか?

この質問は、asdfrewardhabidさんに回答をリクエストしました。

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asdfrewardhabidさん

リクエストマッチ

2013/5/723:33:53

茨城県立図書館より、南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち を借りてきました。
大月書店 出版 編者は小野賢二 藤原彰 本多勝一です。
今は図書館相互貸し制度があるので、
どこにいても借りられます。南京戦史が確か埼玉県立図書館なんだよね、
便利な世の中ですが、やはり、本がいいですね。

さて、本題に、
えー、最初は解説になっておりまして、解説はページがローマ数字で記載されています。
解説の次に本編になります。
本編は普通の1、2、3という数字で記載されています。
凡例には、ページ数が書かれていませんが、本編の2ページが凡例ですね。

凡例の9をそのまま書き写します。
日記の筆者名の多くは、提供者の意思に従い、仮名とした。
その際、仮名をあらわすために、それぞれの日記の冒頭の見出しにおいて、仮名の部分を[ ]で示した。

で、みーんな[ ]がついています。
ついていないのは、大寺隆陣中日記と天野三郎軍事郵便だけですね。

問題は凡例の7ですね。
日記提供者の身元が明らかになると、この種の資料を公刊した場合に、さまざまな妨害を加えられるケースも多いため、日記中の固有名詞のうちいくつかを伏せざるを得なかった。こうした伏せ字は××で示した。○○は原資料のとおりである。

よーするに、日記から、人物を特定しようとしても不可能なようになっているわけです。なんせ、特定できそうな情報は××になっていますから。
これでは、この日記が本物か偽物か全く分かりません。

さて、
大寺隆は、補充兵であり、事件後の到着です。
従って、自衛発砲説の真偽は確認できます。

一方、天野軍事郵便ですが、こちらは、間違いなく、自衛発砲説の裏付けでしょう。
253ページ10行目
逃ぐる者は射殺します。今も銃声がしましたから射殺せるものと思はれます。拳銃は敵のものをぶんどって使用しています。

実名は、この二つだけですが、興味深いものも、
148ページ
杉内俊雄さんの日記、まあ、仮名ですが、
12月18日
中略
捕虜監視のため揚子江岸に。

オヤオヤ、十七日に捕虜はみんな死んでいるはずなのに、あからさまに矛盾していますねー。

他にも興味深いものがありますねー。
柳沼和也さん。こちらも仮名ですが、167ページ。

十二月十八日
一日休養する。
昨日から一昼夜の歩哨で殆ど寝て終る、足の小指の痛みも未だなおらない。

十二月十九日
今日も別に大した仕事もなし、第三小隊は一昨日の支那兵を取りかたつけるに行ったが自分は足が痛いので残る。皆これをかたつけるに面白いとの事であったと。

幕府山事件、最大の証拠は、何といっても、山田支隊長自身の日記でしょう。
まさに、実名、まさに、有力な証拠です。
そのかんじんな山田支隊長の日記が、この本にはない、というのは、画竜点睛を欠くどころか、マヌケ過ぎなのでは?

しかし、まあ、虐殺派の権威、笠原さんが、岩波新書 南京事件で、山田支隊長の日記を書き写しています。
187ページ
十二月十八日 捕虜の始末にて隊は精一杯なり、紅岸にこれを視察す。
十二月十九日 捕虜の始末のため出発延期、午前総出にて努力せしむ。

柳沼和也さんの日記は、山田支隊長の日記と、全く一致していませんねー。

ツッコミどころは、まだまだあります。
斉藤次郎、こちらも仮名ですが、39ページ
十二月十八日
午前零時敗残兵の死体かたづけに出動命令が出る。中略


本間正勝、こちらも仮名ですが、240ページ
十二月十七日
中略
中隊の半数は入場式へ半分は銃殺に行く、今日一万五千名、午後十一時までかかる。自分は休養す。


十七日の午後十一時で、処刑がおわって、処刑部隊は帰り、
一時間後の十八日の午前零時に、居残り部隊に、死体方付け、の命令が下ったという事でしょう。それ以外に解釈のしようがありません。
しかしながら、ここで、とどめがきます。

遠藤高明、こちらも仮名ですが、221ページ
十二月十八日
午前一時処刑不完全の為生存捕虜あり、整理のため出動を命ぜられ刑場に赴く、

おいおい、もう理解不能です。やっぱり、ニセ物が混じっているのでは?
ちなみに、遠藤高明さんの日記では、三時から吹雪になり、朝八時三十分に作業終了ですが、斉藤次郎さんの日記では、午前三時帰営となっています。作業の終了時間に5時間半も開きがあります。

これでは、当日、何が起こったのか、さっぱり分かりません。
むしろ、幕府山事件は、やはり、朝日新聞がでっち上げた架空の手柄話しだったのでは?

もちろん、山田支隊の隊員は、朝日新聞がその新聞記事を書いた事をみんな知っていました。
なぜなら、その次の日、福島民友新聞も、朝日新聞の記事を大々的に報じたからです。
山田支隊は全員福島県出身者でした。

千五百人で、二万人の敵を片づけた、
ありえないだろ、常識でいって、
朝日新聞のホラ記事に、山田支隊がのっかって、架空の戦果を自慢した、というのが、真相だと思いますね。

場所も時間も、総出かどうかも、全部、見事に食い違うね。
時間はまだしも、日にちまで、違うって

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