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なぜ山本五十六が信頼していた伊藤整一が中央にいたにもかかわらず、その後、伊藤...

kok********さん

2013/5/315:43:39

なぜ山本五十六が信頼していた伊藤整一が中央にいたにもかかわらず、その後、伊藤自身も戦争をする方向にいってしまったのでしょうか?

軍令部員の反省では「戦争反対って言ってもね。起こる時は起こるのです」とか「一度戦争が起これば最後までやる。そういう国だよアメリカは」とか南北戦争の例を挙げて当時、研究が行われていたらしいですが、、、山本五十六や伊藤整一の心境が変化したのはなぜですか?

補足確かに、、、石油がなくなるということは海軍力が消えるということを意味していますからね。
アメリカ軍に好き勝手に本土侵攻されるということを意味しています。
あとは陸軍指導の下、日本の国土で国民を巻き込んだ決戦が行われ、インディアンやハワイ民族のように日本民族も滅亡していたかもしれませんね。
http://www.geocities.jp/kamikazes_site/saisho_no_tokko/oonishi/ooni...

伊藤整一,山本五十六,軍令部員,山本,南北戦争,nmuras,戦争

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ベストアンサーに選ばれた回答

nas********さん

編集あり2013/5/414:13:57

一人、二人が戦争反対と言っても国論が戦争に傾いていたらどうしょうもありません。それに戦争をするかどうか決めるのは軍令部ではありません。あくまで政治を担うのは海軍省です。当時はアメリカという蛇ににらまれた状態です。外交をやるにしても、いつ戦争が起こるかわからない状態ですからね、軍令部は統率を維持するためにも抑止力として機能するためにも弱腰に振舞うことはできませんよ。

nmurasさん
仏印撤兵・中国撤兵に反対したのは陸軍ですよ。海軍は昆明作戦を提案して南部の兵員を撤兵させようとしましたが、杉山、東条が反対して実現しませんでした。

質問した人からのコメント

2013/5/4 14:53:17

感謝 そうですね。当時の国論がそうだったのだから仕方がないですよね。
あの戦争は国民が支持した戦争でしたから。まさか国民に銃を向ける訳にも行きませんよね。それよりも実際に戦争を経験させた方が後々の日本のためになるでしょうし。

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nmu********さん

2013/5/413:23:37

戦前の日本海軍の首脳部で、積極的に対米開戦派だった人物はほとんどいないと思います。(表向き威勢のいいことを言う人はたくさんいましたが、あれは本心ではないので)
毎年のように演習をやって、「長期戦化すれば勝てない。短期で勝つ手段が見つからない。下手をすると短期決戦でも負ける」という結論が出ていたわけですから。

しかし、日本海軍の掲げる国家戦略は南進論であり、英仏蘭の植民地利権を蚕食することです。
つまりアメリカと戦うつもりはなくても、西欧列強と戦うつもりはあったわけです。(もっとも、西欧列強に正面から喧嘩を売るのではなく、ヨーロッパで騒動が起こった時に、軍事力をちらつかせてドサクサ紛れに利権を食い込ませるつもりだったようですが)

山本が対米戦争に反対していた話は有名ですが、実はこうも言っています。
「対米戦争には反対だ。アメリカと戦うには航空戦力が足りない。航空機を今の2倍にする必要がある」
これ、言外に、「2倍にすればアメリカとも何とか戦える」と言っているようなものです。
そして実際、山本が戦前の海軍首脳部に重きを占めるようになると、日本海軍は急速に航空戦量の増強に努めるようになります。
だから山本が対米戦賛成だったとは言いませんが、実は山本って、旧海軍の首脳の中では好戦的なほうです。(海軍軍縮条約にも、かなり強硬に反対してますし)
真珠湾作戦の発想が山本から出てくるのも、当然という感があります。

山本にせよ伊藤にせよ、他の海軍首脳にせよ、積極的にアメリカと戦うつもりはありませんでしたが、だからと言って、明治以来の日本海軍の悲願である南進を諦めるつもりもありませんでした。
南進論を進めればアメリカと対立する可能性が高いことは理解していたようですが、それでも諦められなかった(あるいは諦めるという発想そのものがなかった)ようです。
そして南進の途中の南部仏印進駐で、致命的な石油の禁輸を食らいます。
それでも、石油と引き換えに仏印からも中国南部からも撤退することを、海軍は拒みます。
このあたり、海軍は自己矛盾を起こしている(アメリカに勝てないのに、アメリカと対立する政策を放棄できない)のですが、何と言うか「組織の悲願」というものの持つ呪縛の強さを感じますね。

ran********さん

2013/5/316:53:54

山本や伊藤は開戦反対だけど戦争になったら早期講和を唱えてた。早期講和論は海軍の主張でもあった。だからハワイ奇襲やインド洋作戦や米濠分離作戦やミッドウェイ攻略みたいに戦線を一気に広げた。山本や伊藤は開戦反対だけど戦線拡大派でもあるんだよ。ちなみにアメリカが日本に石油を売らないと決めてからは海軍に開戦反対派なんか存在しないのです。石油を止められたら海軍は浮かぶ鉄屑になるから。だから山本も最後は開戦反対をあまり主張してない。

dar********さん

2013/5/316:00:04

お宅は一国家としての重要なるポジションにあった多数の有名人達が対アメリカとの戦争をする事にやむなしとしての意見が98%程度の情勢を占めていた様な時代にね、自身ともう一人程度の戦争には大反対の立場を取り続けた場合に、その後にどの様な事態が予想されるかを考えてみた事があるのですかね?
ほぼ100%近い確率で両名は暗殺をされる事でしょう・・・

お宅は自身が暗殺をされても戦争には最後まで反対の「異」を唱え続けるだけの度胸、度量があるのですかね?
ですから「対アメリカとの開戦はやむなし」と諦めたのだろうと推測されますけどね・・・

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