日本海海戦でバルチック艦隊を壊滅させた丁字戦法ですけど、実戦では不可能に近いと言われた丁字戦法を成功させることが出来たのは、やっぱり東郷さんが司令長官だったから出来たんでしょうか?

日本海海戦でバルチック艦隊を壊滅させた丁字戦法ですけど、実戦では不可能に近いと言われた丁字戦法を成功させることが出来たのは、やっぱり東郷さんが司令長官だったから出来たんでしょうか? もし司令長官が東郷さんじゃなかったら丁字戦法は失敗してたでしょうか? http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E6%B5%B7%E6%88%A6#.E4.B8.81.E5.AD.97.E6.88.A6.E6.B3.95

補足

wikiを見ると敵前での回頭は艦を危険に晒す暴挙で、ロシアの将兵は「東郷は狂ったのかと思った」「勝利を確信して喜びあった」という。こうロシア側に思わせた絶妙の東郷ターンでバルチック艦隊が逃げずに食付き、実際は「丁」より「イ」に近い形だけど、速度の速さで丁字を完成できた。敵が逃げずに食付く最初の大回頭を成功させられるかが全てで、敵に暴挙と思わせた危険な位置での大回頭が東郷さん以外に出来たのかなあ?です。

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ベストアンサー

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★双葉社スーパームック超精密「3D CG」シリーズ㊻【秋山真之と日本海海戦】の20・21ページに「距離6400mに達したところで、ようやく連合艦隊に砲戦開始命令が出た。先ずは『三笠』の30・5cm主砲が火を吹いた。それに続いて『敷島』以下の第一戦隊の各艦が一斉に砲撃を開始した。バルチック艦隊は砲撃を続行しながら右へと進路を変更していく。砲戦の開始時点では丁字の形での戦いと成ったが、直ぐに同航戦に変化していった」とシッカリ明記されています。黄海海戦では回頭を始めた時の距離が遠すぎ【旅順艦隊】に逃げられてしまった。この教訓を生かし、【日本海海戦】では射程内に入ってからの危険極まりない敵前大回頭で挑んだ【東郷平八郎】。絶好のチャンスを逃すまいと喰らいついた【バルチック艦隊】を逃げられないようにした。全艦が回頭を終え【丁字戦法】が成功したからこそ、単縦陣の右砲戦が完成し、先頭を走る『スオロフとオスラビア』に一斉掃射を浴びせる事が出来たのです。砲戦開始から僅か10分で先頭の『スオロフとオスラビア』が火ダルマと成り、【バルチック艦隊】は大混乱に陥ってしまいます。後に「ロシア側」の証言に、いつも【三笠】が正面に居たというくらいバルチック艦隊は頭を抑えられ逃げる事が出来なかった。敵の懐ふかく入り込み『肉を切らせて骨を断つ』捨て身の【丁字戦法】を成功させた【東郷平八郎】。だからこそ、水雷艇以外は1艦も失わずに【バルチック艦隊】を撃滅するという、海戦史上例を見ない完全勝利が達成出来たのです。 ★動画:アルゼンチン観戦武官の記録【日本海海戦】 http://www.youtube.com/watch?v=_teKul_XKaA ★ 旗艦【三笠】に旗旒信号! …【Z】 !! ◆【皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ 各員一層奮励努力セヨ!】◆

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

他にも名回答が有ったんだけど、文献の明示と動画でBAを決めました。あの完全勝利は、やっぱ捨て身の東郷さんだから出来たっちゅうことで。在日のチュン・チョン(反日)が、丁字戦法なんかやってないというガセネタ話も聞くんで呆れて相手に出来ないね。他の人も回答ありがとうございました。在日のチュン・チョンいい加減にしろよー!!!!!

お礼日時:2013/5/8 17:03

その他の回答(5件)

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まああれだけの実質的な戦力差があれば、右にターンしようが左にターンしようが、速力差もありますし目的地もウラジオストクとはっきり分かっていますので、最終的な結果に違いが出ることはなかったでしょう。「坂の上の雲」は所詮小説ですから虚構がかなり入っているのは当然ですが、海軍としては東郷ターンを宣伝する必要もあったでしょう。ただ、あの時点で敵側にターンする攻撃精神は重要ですね。一発のまぐれ当たりでいきなり提督戦死という事態もありえましたが、この精神こそ太平洋戦争の提督に足りなかったものです。慎重さと臆病さが多くの場合裏目に出ました。 東郷提督の偉大さは、そんなターン一つによるものではないと思います。開戦以来幾度も苦境に陥った連合艦隊を最後までまとめ上げて最終的な勝利に導いた、その過程一つ一つに価値があります。

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・古いものはともかく、最近ではどの本でも丁字戦法とは言及していないと思います。敢えて言うならイの字戦法で、相手の進路を妨害し続けながら、優速を活かしイニシアティブを取りながら、やや先行しつつの「同航戦」による決戦を強要したと解釈すべきです。聯合艦隊は南下してきたのですから、同航戦を目指すのであればどこかでUターンして北上のかたちにならねばなりません。 ・東郷提督でなければ勝てなかったと言う事を積極的に示す資料は見たことがありません。また日本側艦隊の方が優速であり(そもそもバルチック艦隊は戦闘艦以外も引き連れており、それの護衛にも腐心しなければなりません)、補足撃滅されるのは必然に近かったでしょう。 ・東郷ターンは別に危険ではありません。当時であればあの距離でも回頭中の艦には弾はほぼ当たりません。公算大量雷撃であれば話は別でしょうが、その可能性も無い状態です。また聯合艦隊が優速であった以上、恐らくは「あの場所、あのタイミング」から多少ずれても、結局はほぼ同じことだったのではないかと。それを分かった上で大胆に敵前でターンを行えた人材が聯合艦隊内に東郷提督只一人であったことを示す証拠は多分出て来ないんじゃないでしょうか。 ・そもそもバルチック艦隊の勝算が高かったとするまともな資料はありません。聯合艦隊は勝つべくして勝ちました。ポイントは損害比が0:100にも近い圧勝・完勝だったことです。何冊か本をお読みになられれば「海路一万五千余里」遠征してきたバルチック艦隊の勝算が薄かったことは、よく納得できると思います。 ・日本側の損害が異様に少ないのは、ロシア側の砲弾が不良品ばかりで、不発弾ばかりだったからと言う説があります。その説によればロジェストヴェンスキー提督は敗因を「相手の弾は当たったがこちらの弾は当たらなかった。ただそれだけだ。」などと語り、お上を庇おうとしていたそうです。 ・なおwikipediaではロシア側戦艦隊は二重縦陣となっていますが、これは日本側の誤認であり、現在、定説は単純な12隻の単縦陣であったとなっているはずです。

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質問の前提をぶっ壊しますが、日本海海戦で日本海軍とロシア海軍がT字戦法のような体形になったのは、実際は殆どありません T字戦法でバルチック艦隊を壊滅させたというのは幻の話なんですよ http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/quiz/n07nihonkaikaisen2.gif まず13:39、連合艦隊第一戦隊が敵を発見した時の位置関係 映画やドラマなどでは艦隊の左舷側にバルチック艦隊を発見しそのまま敵前回頭をするようにされてますが実はこのように互いにほぼ正面で敵を発見しています(日本側から見たら正面やや右舷より) A(13:55) 有名なZ旗を掲揚した時の位置関係 敵発見直後に敵と距離を取るため連合艦隊は北西微北に変針したためこのような形になりました B(14:08) 14時過ぎに南西方向に針路を変えバルチック艦隊と反航する形になったのち、14:05に有名な敵前大回頭を始めます そして14:08にロシア側が砲撃を開始します C(14:10) 日本側が砲撃を開始、双方が撃ち合いだします 見てもわかるとおり、この時点では全くT字にも丁字にもなっていません 従来ある同航戦体制で撃ち合っています D(14:24) 日本側の砲撃によりバルチック艦隊のスワロフ、アレクサンドルⅢ世、オスラービアなどの主力戦艦は集中砲撃を受けて戦列をズレてしまい速力は低下 海戦開始の約30分、艦隊はいわゆる同航戦に終始したわけですが、よく知られるように日本海海戦は最初の30分でほぼ雌雄を決したといわれます この30分でバルチック艦隊主力の戦艦は殆どが大損害を受けたからです ところがその肝心な時間、T字戦法は全く行われていなかったのです 実はどの資料にも、日本海海戦でT字戦法が「敵前大回頭」直後に行われたとは誰も書いていません 資料には両艦隊の体制がT字になったのは14:47~の約10分間と15:10~の約16分間と書いてあるのです (軍艦三笠戦闘詳報及び第二艦隊戦闘詳報など) 最初のは14:47、当初より優速出会ったことに加え、上記のように戦闘でバルチック艦隊の速力が落ちたことで日本艦隊が前面に進出しT字態勢に持ち込めるようになった際です しかしボロジノが北方に変針したので(舵故障したスワロフに連合艦隊が誤判断したとも)10分ほどで砲戦も中止され、態勢も不十分なものでした 次は15:00~ 一斉回頭を終えた第一戦隊が北方に変針したバルチック艦隊の頭を捉えた時です しかしこれも、直ぐにボロジノが東に転舵してしまったので空振りに終わりました 詳細な図面写真がないので説明が難しいのですが、少なくともこの海戦の雌雄を決したとされる最初の30分は全くT字戦法はなされていません 大体陸戦と異なり海戦は双方高速で動き回るので相手との陣形の体制を維持することは難しいです バルチック艦隊をT字戦法で殲滅したというのはフィクションの小説での話でしかないですよ 詳しいことはゲームジャーナル編集部、「日本海海戦」、『坂の上の雲5つの疑問』、並木書房に詳しく載ってますので一読することをお勧めします これ読むと如何にT字戦法が虚構であるかということがわかります

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んー、どうなんだろう。実際には丁字戦法というより、前年の黄海海戦での失敗に懲りて、常に敵の進路を妨害(敵艦隊と目標となるウラジオストックとの間に日本艦隊が入り込む形)しながら戦おうとしただけの様な気もするけど。実際に旗艦スォーロフが操舵員の負傷により、誤った方向に変身した際、第一艦隊はその進路をふさごうとして、他のバルチック艦隊から離れてしまっている。幸い第二艦隊の司令官が東郷の命令を無視してバルチック艦隊の主力を追跡し続けたために、逃さずに済んだのだが。あの運動を見ると、やはりバルチック艦隊とウラジオストックの間に立ちふさがろう、立ちふさがろうと運動しているように見える。 実際に第一ターンの後に、敵の前に立ちふさがる、いわゆる丁字の形になったのは、砲撃を集中されたバルチック艦隊の戦闘艦に大きな損害が出て、艦隊行動が困難になんてからで、それまでは、あくまで同航戦の形だよね。 基本的な艦隊運動は、戦闘開始以前に、参謀たちが決めていたんじゃないかな。黄海開戦の失敗を糧にしてね。 あのような大規模な海戦の場合は、司令官の資質よりも、参謀の能力の方がものを言ったんじゃないかと言う気もするけど。 司令官の資質が問題になるのは、逆に当初の計画が崩れ、臨機応変の対応が必要になる、乱戦や敗戦の場面なんじゃないかと言う気がするんだけどね、どうだろう・・・・。

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艦隊運動を成功させるには訓練に次ぐ訓練が必要です。 日清戦争のときはまだそこまでの錬度がなかったので、単縦陣による並航、および反航戦しかできませんでした。 てことなので、その訓練を主導した東郷提督ならではであると言えば言えますね。

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