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科学についてです。 しかし、宗教についてでもあります。

dar********さん

2013/6/1312:13:38

科学についてです。
しかし、宗教についてでもあります。

宗教家はたびたび自身の教本に出てくる神様が世界を、宇宙を作ったと言います。
それに対して、多くの人がそんなことはない。ありえない。と言うと思います。

科学的思考って、原因があって結果がある。じゃあその原因は何かと考えることだったように思います。


宗教家の人の中には無条件で信じるんじゃなくて、考えて信じてる人もいると思います。

何もないところから宇宙の元ができて、ビックバンが起きて、みたいな感じで教科書にかかれているかと思いますが、
何もないところから何かが現れるとか、変だと思います。
宗教家の人はそれが誰かが作った、それが神だというわけです。



本題はここです。

神様うんぬんは別として、誰かが作ったと言うことを否定できるのでしょうか。
否定するにはその誰かがいないということを証明しないといけないと思うのですが、どうなのでしょうか。

神様と聞くと反射的にありえない、それは違う、みたいに言う人が多いように感じます。
何も論じることなくありえないと切り捨ててしまうのは納得がいきません。
ありえないというからには何か証拠があってしかるべきです。
それこそ科学的思考ってものじゃないんでしょうか。

補足科学も宗教も浅学ということはわかりました。

宇宙の外側、もしくは宇宙が始まる前にはなにもないのでしょうか。
なにかあるとしたら、観測できるのでしょうか。
観測できないのなら、研究はされているのでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

pop********さん

2013/6/1313:12:08

『第一原因』なんて用語は、科学的に『神』を表した言葉ですね。

科学の分野にも神への言及はありますよ。

質問した人からのコメント

2013/6/19 13:22:46

降参 言葉って難しい。その選択も。

ベストアンサー以外の回答

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dra********さん

2013/6/1813:29:43

ありえない、というのは、論拠があってありえないといっているのでしょう。
なぜ「論拠もないのにありえないというのか」と考えるのか不思議です。
膨大な事実と辻褄があっていないという点からみても、おかしいわけですから。

考えて信じたからなんだというのでしょうか。
考えたオリジナル論はみな真実、というわけがないでしょう。

「神様うんぬんは別として、誰かが作ったと言うことを否定できるのでしょうか。
否定するにはその誰かがいないということを証明しないといけないと思うのですが、どうなのでしょうか」

↑ 普通に否定できると思いますし、いないということも証明できるんじゃないですか?
神様ってそもそもただの方便なので、きちんと「宗教神話のこれこれこういう、こうした存在」と定義してくれれば、
それを裏付ける現実の事象が皆無で、それがいるとしたら辻褄があわない膨大な事象が存在するはずですが。
また、仮に証明できなかったらなんだというのでしょうか?
誰かが、宇宙は、宇宙巨人のオナラでできた、と主張したとして、宇宙巨人など存在する証拠も、存在説の論拠もないが、
確かめようのないことなので、絶対に存在しないとは限らない、ぐらいで議論が終わったとして、「だから存在する」とは
ならないはずですよね。
またいったん宇宙巨人と設定したのだから、「ビッグバンこそ宇宙巨人」とか、「宇宙巨人は実は巨人の姿をしていない物体x」
などと設定変更したら、少なくとも最初に設定した宇宙巨人は存在しなかった、ということになると思いますが。
神もまったく同じでは?

論拠があって判断するのが科学。
何も考えずにありえる、とするのが宗教。
少なくともそれが世界一般の認識。

2013/6/1700:08:24

>「否定するにはその誰かがいないということを証明しないといけないと思うのですが、どうなのでしょうか。」

「悪魔の証明」と言う言葉をご存知でしょうか?「無知に訴える論証」とも言います。存在しない事を証明するのは、不可能と言う事です。

科学は、疑う事から始まります。
宗教は、信じる事から始まります。
思考回路が、根本的に違うのです。
科学では、宇宙の起源や涯について研究されています。

tao********さん

2013/6/1609:17:14

科学も哲学も宗教も、脳の思考で理解する場合は、脳の世界から出ることはできません。脳の思考が休むと、神の世界である自然の情緒と人の心が交流します。哲学や宗教は、脳の論理思考に依存しています。だから脳の世界を回るだけです。宇宙の本体は、脳の世界の外にあります。だから逆に、脳の思考を休ませる事が必要です。脳を休ませる方法は、座禅、瞑想、伝統文化の、茶道、雅楽、義太夫節、演歌、民謡、長唄、能、文楽、浮世絵、落語、歌舞伎、和歌、俳句など 、これらを実践すると、脳波がアルファ波になり、脳が休みます。そして情緒が発生します。情緒は、人を癒し、人を育て、社会を調和に導きます。だから今、子供に必要なのは、哲学、宗教、教育ではなく、情緒教育です。伝統文化を必修科目にして、情緒を教えるべきです。日本人のすべてが、西洋の論理思考文化に染まり、情緒を理解出来なくなっています。伝統文化で、情緒に目覚めましょう。脳の論理思考の時代は、終わりました。新しい時代は、情緒の心の時代です。日本の情緒文化が人類を導きます

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mom********さん

2013/6/1600:26:26

「宗教」が考える宇宙は「精神宇宙」であり「リアル宇宙」である必要はありません。「宗教」は心の平安を求めるものと私は理解しています。科学とぶつかる必要はありません。
神様の存在を証明することは「神様がいない事」の証明より簡単そうに思えます。たった一人(一人と数えていいものか)の存在を見つけるだけですから。
宇宙の始まりについてはだいぶわかってきましたが、まだわからない部分もあるというのが実際です。
「わからない事をわかったように言う」のは最も科学的ではない事です。

swe********さん

2013/6/1403:31:47

分からないことを神様のせいにしてしまうのは,一種の思考停止です.


科学は,
「神様のせいじゃなかったとしたら,どんな説明が可能か」
を突き詰めることで,物理法則を明らかにしてきました.

そうして,科学の進展とともに,
「神様のせいということにしないと説明のつかないこと」が
「神様がいなくても自然の法則で説明のつくこと」へと変わっていきました.


こういった経緯があるものですから,科学者はどんな不可解な現象にも
「神様以外の理由で説明できる可能性は本当に無いのか?」
という疑問を差し挟まずにいられません.

そのような姿勢が,「神様と聞くと反射的に否定している」ように見えるのかもしれませんね.

---

したがってご質問の答えは,


宇宙や宇宙の元となった何かを,誰か(神様)が作った可能性は否定できない.
しかし,
“もし神様が作ったのでないとしたら,どうやって宇宙や宇宙の元が生まれ得るか”
をいつまでも追い求め続けるのが科学である.


ということになります.

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