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名字と姓は違うんですか?

すたっぷさん

2013/7/113:04:49

名字と姓は違うんですか?

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hyp********さん

2013/7/113:37:19

今は同じ事を指す場合が多いですが、
本来は違う意味のモノを指す言葉です。

本来は
「苗字」「名字」「氏(ウジ)」「姓(セイ)」「姓(カバネ)」
は全て違い意味を持ちますが、

明治時代に、徳川幕府を倒した明治政府の反徳川政策の一環として
江戸時代に公開を禁止されていた武士以外の人たちの名字などを
公開しても良い事になりましたが、

この時、政府も国民も
300年に渡り公開していなかった事を始めるという事で、
お互いかなり適当な事をしたので、誰も細かな事を気にしていなく、
全てがゴチャゴチャになり(要は本人が気に入った名前を登録した)ので、
一緒くたにされる事になりました。

各違いについてはご自分でお調べください。
古すぎるので色々な説もありますし、
簡単に書くと同じような説明になってしまいますから。

まあ「血縁集団の名前」「氏族の名前」「家族の名前」
「字(あざな)」「天皇家など主家筋から賜った名前」
「同じく主家筋との関係を表す名前」「氏族の役職名」
だったりします。

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昔人さん

編集あり2013/7/619:18:34

現在は、名字と姓は同じ扱いですが、歴史的には、その成り立ちも意味も違います。
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現在は、「姓(せい)」「氏(うじ)」「名字(みょうじ)」「苗字(みょうじ)」を区別せず、同じ意味で使っています。これを 「姓氏苗字(名字)の現代的用法」 と言います。

戸籍法では「氏(うじ)」なので、官公庁の書類では「氏名」という用語を使いますが、民間では「姓名」の用語が主流です。会話では「名字と名前」「苗字と名前」という言い方もします。どれも意味は同じです。
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しかし、明治維新までは、姓氏(せいし)と名字(苗字)はハッキリ区別されていました。これを 「姓氏苗字(名字)の歴史的用法」 と言います。

「姓氏(せいし)」は古代の氏姓(うじ・かばね)制と部民(べみん)制に由来します。

「氏(うじ)」は古代の貴族(支配階級)だけが持っていた氏族名(血族名)です。
庶民には「氏(うじ)」はありませんでした。

「姓(せい)」は、古代日本で、奴婢を除くすべての公民が朝廷の戸籍に登録しました。古代中国では、「姓」は血族・血統を意味しますが、古代日本では、血族・血統を表すのは「氏(うじ)」であり、「姓(せい)」は血統とは無関係で、どの集団に所属しているかを表したものでした。

たとえば、「服部」「錦織部」「鵜飼部」など職業集団の名や、「蘇我部」「日下部」など貴族の領民の呼称が庶民の姓として登録されました。
貴族は「氏(氏族名)」が姓として登録されたので 、貴族では「氏=姓」となり、「姓氏」が血族・血統を表したものになりました。

「名字(みょうじ)」は、平安時代に、貴族や武士が居住地名や領地名や役職名を通称として使ったのが始まりです。藤原氏、源氏、平氏などが増えた結果、姓氏で呼んでいたのでは区別ができなくて不便になったので、居住地や役職名で呼び合うようになったからと考えられています。

したがって、公家と武士は姓氏(本姓)と名字(苗字)の両方をもっています。
中世以後、朝廷関係の公式文書では姓氏を使用し、幕府関係の文書では姓氏と名字の両方を、私生活では名字(苗字)のみを使用しました。

たとえば、徳川家康(徳川次郎三郎源朝臣家康)の「徳川」は苗字であり、姓氏(本姓)は「源(みなもと)」です。だから、朝廷関係の文書では「徳川家康」とは書かず、「源朝臣家康」と書きます。もっとも、徳川家康が源氏(源姓)を自称したのであって、本当の素性は不明です。
加賀百万石の藩主・前田利家(前田筑前守藤原朝臣利家)は、「前田」が苗字で、「藤原」が姓氏です。ただし、これも、藤原姓は詐称で、本姓は「菅原」だそうです。

中世、武士が支配する時代になると、元の支配階級の公家と、新たな支配階級の武士だけが「姓氏」と「名字」を使い続け、庶民の「姓」は使われなくなりました。
もちろん、庶民には、もともと「氏」も「名字」もありません。

戦国時代に、たくさんの浪人が発生し、居住地と名字が一致しなくなったので、「名字」ではなく「苗字」と言うようになったと考えられています。

庶民(百姓・町民)には名字(苗字)はなかったのですが、浪人武士が名主・庄屋などの上層農民や神職になったり、浪人だけでなく、武家の二男・三男なども、商人、医師、学者、文筆家、芸術家になっていった結果、農民・町民の中にも苗字を持つ人がふえていきました。しかし、徳川幕府は、原則として、公家・武士・医師・神職以外の庶民の苗字使用を禁止しました。
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明治維新後、明治政府が新たな戸籍をつくるとき、華族(元公家と元大名)や士族(元武士)は、姓氏と苗字のどちらか一つだけ登録させました。また、庶民は、先祖から受け継いだ苗字がわかっている人はその苗字を、苗字がわからなくなった人や、元々苗字がなかった人は、新たに苗字をつけて登録させました。このとき、名門の氏や苗字を勝手に使った人がけっこうたくさんいたようです。この結果、姓氏と苗字(名字)の区別がなくなりました。
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なお、古代日本では、「姓」と書いて「かばね」と読むものがありました。「朝臣」「宿禰」などが「かばね」です。おおざっぱにいえば、貴族の地位の上下、ランク、格付けを表したものが「かばね」です。くわしい解説は省略します。

kaw********さん

2013/7/115:37:03

苗字でしょう。
姓は轟は名は寅次郎という台詞があるでしょう。

kar********さん

2013/7/114:28:31

同じです。

名字(みょうじ、苗字)は、家(家系、家族)の名のこと。
法律上は氏。
一般には「姓」ともいう。

wikiより。

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