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鎌倉から室町時代にあった 商工業者同業者組合の座と 江戸時代の株仲間の違いが...

mfl********さん

2013/8/1122:30:38

鎌倉から室町時代にあった
商工業者同業者組合の座と
江戸時代の株仲間の違いが明確にわかりません
詳しく説明してください!!!

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jet********さん

2013/8/1311:38:47

座と株仲間は共に、市場の独占と利益の増大を確保するために結成された、同業者組合です。そして名称の違いは、単なる時代の違いに依るものではありません。

同業者組合が独占的に商売をするために必要とした、後ろ盾の違いです。

座は独占を維持するため、本所(ほんじょ)と呼ばれる後ろ盾を必要としました。そして本所となってその座を保障したのは、公家や寺社でした。
例えば荏胡麻油(えごまあぶら)は、大山崎の油座の独占で、大山崎八幡宮が本所です。
そして座は保護の見返りに、座役という経済的奉仕を行ったのです。

さて江戸時代の株仲間には、歴史的な経緯があります。

戦国時代、富国策の一環として信長ら戦国大名は座を廃止し、自由な商取引を保障する改革を実施します。
そしてその政策は、江戸時代に入っても、将軍吉宗の時代まで引き継がれました。つまり、吉宗までは、同業者で座を結成し、自らの利益を追求するのは、御法度だったのです。

ところで江戸時代に入って日本も安定し、経済も発展しました。
しかし発展したと言っても、それはあくまでも戦国期と比べての話です。
つまり、パイは限られているし、同業者間で過当な自由競争を行うと、共倒れになってしまう段階だったのです。

そこで商人は、過当競争や共倒れを避けて、大きな利潤を追求するため、密かに同業者が集まり、「仲間」と称される秘密組織を結成しました。当然、非合法な団体です。

ところで、江戸時代に幕府の頭を悩ましたものは、「米価安、諸式(物価)高」です。
米将軍とも呼ばれた吉宗は、物価高対策として、秘密組織である「仲間」を公認するのです。
つまり、違法秘密組織である「仲間」を認める代わりに、運上(独占営業税)の上納と、物価の引き下げに協力することを誓わせたのでした。
その結果、合法化された元の「仲間」は、株仲間と呼ばれることとなります。

その後、賄賂で有名な田沼意次の時代になり、株仲間に対する方針が変更されます。
吉宗の時代には軽かった運上の上納に、ウエートを置くのです。これは、幕府財政の再建に関わるもので、結果、更に株仲間は積極的に公認されることとなります。
そこで大坂には二十四組問屋、江戸には十組問屋と呼ばれる多くの株仲間集団が存在し、商品流通を支配するのです。

ところで幕府は、運上を財源の一つとしたからには、積極的に株仲間を保護する義務も生じます。
そこで、農村に基盤を持つ新興商人(在郷商人)が出現し競合が発生すると、幕府は株仲間の側に立ち、経済の発展を阻止することになるのです。

因みに、水野忠邦の天保の改革がありました。
あの中で「株仲間の解散」がありますが、あれは、株仲間の独占を撤廃し、在郷商人と自由競争させ、物価を引き下げようとしたものです。

質問した人からのコメント

2013/8/14 11:55:41

降参 詳しい解説ありがとうございました!
スッキリしました(^ν^)

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