「あるといる」使い方?

「あるといる」使い方? 日本語の表現 あるといる 使い方は何ですか 「私は家族が3人あります。」と「私に家族が3人います。」の違いは何ですか?人など(生物)の存在を表現したい時、「いる」を使うのではないでしょうか? 

補足

今の日本語では、「私は家族3人あります」、「私は家族が3人います」とも正しいわけですか。

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ベストアンサー

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以前、類似の質問に答えた私の回答(少し手を加えた)です。 テレビの『まんが日本昔話』の桃太郎の話で、「おじいさんとおばあさんがありました」といっていたが、「ありました」で正しいのか、というご質問でした。 桃太郎の冒頭の本来の形は、 「むかしむかし、おじいさんとおばあさんがありました。」 です。 日本語は、みんないうように「乱れている」ので、「おじいさんとおばあさんがいました」と間違う人が増えたのですが、この文では「ありました」が本来の「正しい」日本語です。 「正しい」日本語では、 「私(に)は家族が3人あります」 「あなたはお子さんがおありですか」 のような所有表現や、 「ありし日の思い出」 「彼がこの世にあったころ」 のような「生きている」の意味のときは、主語が生き物であっても、「いる」でなく「ある」を用います。桃太郎の「おじいさんとおばあさんがありました」も、この「この世に生きている」の意味です。 「いる/おる」は、「犬が木の下にいる」のような一時的存在に用いるのが基本でした。 現代語では、この区別が崩れて(乱れて)、生物は「いる」、無生物は「ある」に整理されつつあります。その変化は、「ら抜き言葉」よりは進行しているようですが、変化がまだ完全ではないことは、現在の『まんが日本昔話』にさえ本来の区別が出てくることからも明らかです。 1.坂本龍馬が土佐にいたころ 2.坂本龍馬が土佐にあったころ この2つの文は、どちらも日本語として正しい文です。違いは、1は、いま龍馬は京都に出てきていて、土佐にはいない、というニュアンスがあるのに対し、2は、龍馬はもう亡くなったあとで、龍馬が生きていたころを回想しているようなニュアンスがあります。

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その他の回答(4件)

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「ある=有る」・・・人に、使えない。(他の生物にも、使えない) 「ある=在る」・・・人に、使える。 (他の生物には、使えない) 「いる=居る」・・・人に、使える。 (他の生物にも、使える)  「あります」と聞いた時に、まず「有ります」と考える方が、多いと思います。  この場合は、「人に使えない」事になってしまいますが、  「在ります」という言葉があるので、この場合は、「人に使える」事になります。  「います」は、「居ます」だけなので、間違える事なく、「人に使える」事になります。 補足の追加  「私には、家族が3人在ります」  「私には、家族が3人居ます」  上記2つの日本語は、正しいと思います。(「あります」は、漢字の「在ります」に限る)

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私は家族が3人おります。 だったら正しいのにね。 あります=ある というのは、自分の存在や意志とは全く関係ない、というニュアンスがありますね。 あります と います とでは、相手の存在を認めているかどうか、位の差がありそうです。

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「ある」は、物。「いる」は人に使うと聞いた事があります。 とすると、間違った表現ですよね。。。