アメリカ空軍の戦略爆撃機B52の不気味な容姿が好きです。 そこで、なんでも良いので、“”へぇ~“”という意外な「あるある」を教えてくれませんか? 何卒よろしくお願いいたします。 私が

アメリカ空軍の戦略爆撃機B52の不気味な容姿が好きです。 そこで、なんでも良いので、“”へぇ~“”という意外な「あるある」を教えてくれませんか? 何卒よろしくお願いいたします。 私が 知っているのは、両翼にも小さな補助輪があることぐらいです。

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ベストアンサー

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ご質問者もご存知のことが含まれているかもしれませんが、エピソード的なものを思い付くままに上げてみます。もともとは核爆弾によるソ連への攻撃を任務としていたB52は、配備されてから1960年代半ばまでは実際に水爆を搭載して毎日パトロールしていました。基地から飛び立つ前に敵の攻撃で全滅することがないよう、交代で途切れる事なく空に待機していたわけです(空中待機だけでなく命令が発せられたら直ぐに飛び立てるよう地上での即応待機も別途行っています)。空中給油機もペアで飛ばせなくてはならないので、物凄い費用と手間がかかったでしょうね。「2001年宇宙の旅」等で有名なスタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情(タイトルが長いので以下略)」はその頃のB52の水爆パトロールを描いています。DVDも出てますからもしまだでしたら是非ご覧下さい。この映画で描かれたB52が核攻撃命令を受ける手順など、機内の様子がリアル過ぎて空軍の誰かが機密を漏らしたのか、という騒ぎまであったそうです。なお、パトロールはスペイン上空でB52が空中給油機と接触し墜落、水爆を落とすという事件がきっかけで中止されました(弾道ミサイル搭載の原潜の配備が進み、B52によらない核の反撃能力が確保された事も大きかったでしょう)。この時は安全装置がはたらいて幸いに核爆発は起きませんでした。事故と言えば日本国内でも起きています(まだ米軍統治下でしたが)。1968年、沖縄の嘉手納基地から通常爆弾を搭載してベトナム爆撃に飛び立ったB52が搭載した爆弾の暴発で離陸直後に墜落しています。また、B52は同じく60年代に沖縄の嘉手納基地からスペインまで2万キロ以上を飛び、これはその当時の長距離無着陸飛行の世界記録となっています。嘉手納基地といえば1972年の沖縄の本土復帰のあと米本土やグァムからたった一日で104機ものB52を集結させた事があります。アメリカが中国と国交を樹立した直後ですが、一方で「国交を樹立したからといって台湾へ武力侵攻を企てるのは許さないぞ」という中国への強烈なメッセージが目的だったと言われています。機体について言えば、主脚は胴体にタンデム式についていますが方向を変える事が出来、横風が強い時には機体は風上に向け、主脚は滑走路の向きに合わせて「斜め状態」で着陸(もちろん限度はありますが)します。着陸時には今では珍しいドラッグシュート(ブレーキ用パラシュート)も使います。長い主翼は地上にある時は垂れ下がり、ご質問者様の仰る補助輪が支えて翼端が滑走路へ接触するのを防いでいます。B52が開発された当時は大出力のエンジンがなかった為8発機となりましたが、最新のエンジンに替えて4発に改装しようという案も出ましたが、地上では垂れ下がる主翼のせいでエンジン直径の大きい現代のターボファンだと外側のエンジンは滑走路すれすれになり危険、という点と費用対効果の点から見送られています。2040年代、あるいはそれ以上使われると言われるB52は、既に親子二代のB52パイロットがいるそうです。孫まで含め三世代パイロットもそのうち誕生するのでしょう。年数で言えば96陸攻やB17が平成の現代まで使われるようなものですから驚異的な長寿ですね。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

96陸攻のたとえは笑いました。wwwww 知らないことも多くあり、ありがとうございました。

お礼日時:2013/9/10 11:08

その他の回答(1件)

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B-52はソ連を直接各攻撃するための戦略爆撃機として誕生した機種ですが、以外にも最初に実戦部隊に配備された機体は通常の爆撃機タイプではなくRB-52Bという戦略偵察機タイプでした。 その後に通常の爆撃機タイプであるB-52Bが配備され始めます。 B-52は1962年に生産が終了したので、現在就役している「最新型」のB-52Hでもすでに生産から50年以上が経過しています。 ただ、米空軍では2040年まで運用を続ける計画があるので、最終的に機体の年齢が100年になるものも出てくることになります。 B-52は巨大な機体らしく搭乗員も多く、5名が乗り組みます。 まだ尾部の機関砲が取り付けられていた時代は更にプラス1名が尾部機関砲員として乗り組んでいました。 尾部の機関砲は最初は直接射撃手が尾部に乗り込む形を採っていましたが、後にレーダーによる遠隔照準となり、その後は廃止されています。 尾部に乗り込む時代には水平尾翼の下あたりのハッチから潜り込む様に乗り込みますが、B-52は胴体後部に巨大な燃料タンクがあり通路が存在しないため、尾部の射撃手は機首部に乗り組んでいる他のクルーと会うことはできず、任務中はずっとひとりぼっちになります。 機首のクルーデッキには機首下面のハッチからハシゴで乗り込みますが、内部は2階建てになっています。 1階部分には航法士2人が座り、2階部分には操縦士と副操縦士、その後ろの方に通路を挟んで電子システムの操作員と射撃手が座ります。 この射撃手席は尾部機関砲がレーダーによる遠隔照準になってからの席ですが、機関砲自体がなくなった現在では使われていません。 そしてこの1階、2階の各クルーの席は全て射出座席になっています。 1階の2名は下向きに、2階の4名は上向きに射出されるという豪快な仕様です。 また、これら以外に最大4名の追加搭乗員が乗るための席もあります。 ただ、追加搭乗員の席は射出座席ではないので脱出の際は自力で飛び出すしかありません。 B-52は核弾頭を搭載した状態での地上での24時間の警戒態勢に就いており、発進の指令が出るとクルーがすぐに乗り込んで離陸できる態勢をとっていましたがこれは冷戦終結の1991年に終了しています。 しかし2007年8月に核弾頭を搭載した空中発射巡航ミサイル6発を搭載した状態でアメリカ本土上空を飛行していたことが判明して大騒ぎになりました。 これは本来廃棄予定のミサイルを輸送する任務でしたが、その際は弾頭を取り外す決まりになっていました。 しかしなぜか外し忘れて3時間半飛び続けてていました。 実際に搭載されていた核弾頭は5つだったようですが、これらはその間行方不明とみなされていたようです。