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私の両親の先祖は幕末まで会津藩士で明治になり士族となったのですが、明治に身分...

hachimitsutry123さん

2013/9/2211:02:09

私の両親の先祖は幕末まで会津藩士で明治になり士族となったのですが、明治に身分制度が廃止されるようになっても、当時は江戸時代まで存在した身分を超えての結婚というものはなかなかできなか

ったのでしょうか?

両家の先祖の記録を調べてみると、代々士族同士で結婚していたようです。父方は大正期に長岡藩士の士族とも結婚していました。
母方は私の祖父と昭和に結婚した会津出身の祖母も元は旧会津藩士の士族の出なので、私の家系がたまたま士族間同士の結婚が多かったのかとも思うのですが、実際のところはどうだったのでしょうか…。

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tuttiyfruttiさん

2013/9/2900:01:36

士族側の娘を農家にとつがせる場合もあったようです(この場合は、養子扱いではない例ですが)。もっとも、そこそこ裕福な本百姓であることが条件だったようです。

実はこの話、私の親戚の話しです。侍だった父親の刀を持参して輿入れしたとのこと。
他にも同じ例があったかは福島周辺の郷土・歴史研究家、あるいは大学の専門の先生たちに聴かないと、はっきりしたことはわからないとおもいます。

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daijoubdakenさん

2013/9/2212:19:38

日本の良い所に「建前と本音」と云うのがありますよね。
本音を形だけ建前に合わせるやり方です。
融通無碍これが日本文化の長所だと思いますね。
身分制という建前では、身分違いは結婚できない。
武士と町家の娘では結婚できない。ならば娘を武士の
養女にして、武家の娘とすれば結婚できたのです。
幕末になると旗本や御家人も経済的に逼迫して、町家
の娘の持参金目当てに結婚したという話も聞きます。
綱吉の母は八百屋の娘です。当然、町家の娘が、大奥
に上がる事は出来ないので、武家の養女として将軍の
側室になったのです。通無碍の文化ここにありですね。
もちろん、数はそんなに多くはないでしょうけど、身分
違いの結婚も出来たのです。

nicria88さん

2013/9/2211:57:24

江戸期でも明治時代でもちゃんと抜け道はありました。
身分を越えた間での婚姻は、まず低いほうを家格の合う家の養子に出して、その家とのものとすれば面目が立ちましたし。

beltsbill104さん

2013/9/2211:54:19

明治憲法は家中心で家には家長がいました。結婚は家どうしのものでしたので、自由な結婚はできず。

身分を越えての結婚もなかなかありませんでした。金持ちが妾を囲うのはよくある話でしたが正妻にはなかなかなれませんでした。

身分を越えての結婚は駆け落ちや親から勘当されるなどしないとできないのが普通です。

今でも、結婚式が両家に分かれて実施されるところに、その名残があります。

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