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日蓮正宗正統 本山参詣記等の件

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ID非公開さん

2013/10/813:19:23

日蓮正宗正統 本山参詣記等の件

見学ではなく「参詣」させて頂いた次第であります 納骨堂墓参も兼務との形となりましたが・・奉安堂ですが数千人収容可能でありましょうが平日でありましたので中央2区画ほどの員数でありました 以前池上本門寺のお会式、これは参詣でなくて臨時乗車券が欲しくての散策でありましたが・・然しそれとは全く比較にならないほどの厳粛と言うか・・池上では全体的にお祭り騒ぎ的でありましたが日蓮正宗儀式は例えて言うと一挙手が全て「御堅い」のであります 相当前列でありましたが御引導は僧職日如氏であられましたが御隠尊様もお出ましなされておられたようであります

終了して確認させて頂いたところでは「7日から15日いわゆる第3祖様までの慶日はお出まし・・」と仰せられておられ実際御高齢とは思えない御姿にて緊張と感激でありました 別件にて月宮先生が「わかりますかね、このカテゴリーにおられる日蓮正宗法華講の方々・・」と論陣はられておられましたが正直事実とあまりにも相違あるので逆に学会員のかたがたに「わかりますかね・・真実の日蓮正宗の現況・・」と尋問させて頂きたい限りであります まして月宮先生はかつての正本堂でしたか御戒壇様に「あれは凄かったなあ・・」と感嘆されていたでありませんか・・

他のかた仰せの様に日蓮正宗は何ら全く頑なほど変化されていません 逆に創価学会の以前との変化はまさに有為転変とでもいいましょうか・・一体創価学会の「確たる基盤」は存在するのでありましょうか 「事実上」指導者の御姿もお見えならない御様子でありましょうし・・御質問でありますがと言うよりは生意気な老婆心でありますが純真な学会員のかたはもういい加減に真実に目を開かれて御戒壇様、前代戸田氏の時代に帰還すべきでありましょう 当然それが日蓮大聖人様からの最大の御褒賞頂ける行為と思う次第でありますが・・「必要あるような・無いような」得体の知れない「寺院僧職」および信濃町職業幹部の言いなりでは余りにもお気の毒ではと感じた次第であります 諸兄、諸賢のかたがたの御叱責宜しく方々

補足御目通りおよび墓参でありましたので全ては確認不可でありましたが「御影堂」でしたか・・殆ど原型が完成されていました
画像はバス・タクシーターミナルからのものでありますが本当に整然とされています 自己自身と言うよりは逝去両親の追善となれば嬉しさ万感であります 介護病院での当方が受理したクリスマスカードを実弟が厳格・礼節にナースセンターに返却された思い出がよみがえってきた次第であります・本山はまさに 「厳格さ・一途さ」の象徴でありましょうか・・

1964様今後とも御叱責宜しく方々 月宮先生もどうか一日も早急に「復帰」されて下さいませ

日蓮正宗,僧職日如,前代戸田,お出まし,月宮先生,月宮,japantokyo110

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ベストアンサーに選ばれた回答

set********さん

編集あり2013/10/910:57:39

◆月宮氏のコメントについて;
古い宗門批判資料を穿り返して、色々と浅知恵を振り撒いておりますので、一応破折しておきます。
質問者様のご質問内容には全く関係はありませんが、少々ご辛抱下さい。

月宮氏の回答並びに、その基盤となっている創価学会の誹謗論は、『能化文書』の一部分を曲解したものに違いはありません。
その文書には、
「本宗の根本は、戒壇の大御本尊と唯授一人血脈付法の御法主上人であります。具体的には、御法主上人の御指南に随従し、御本尊受持の信行に励むことが肝要です。なぜならば、唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にましますからであります。したがって、この根本の二つに対する信心は、絶対でなければなりません」(大日蓮・平成3年9月号87頁)
とあります。

創価学会は、この文書にある「血脈の当処」と「御法主上人」とを宗門がただちに、まったく同じものと主張しているかのように言い掛かりをつけています。しかし、この創価学会の言い掛かりは、内証と外用を、悪質な作意をもって混同させたことによるものです。
「唯授一人の血脈の当処」とは、宗祖日蓮大聖人から第二祖日興上人に唯授一人の血脈をもって相伝された仏法の一切がましますところであり、それは代々の御法主上人にそのまま伝えられています。この「血脈の当処」こそ、歴代法主上人が御本尊を御書写される御境界であり、<御法主上人の御内証>と拝すべきなのです。

かつて第六十六世日達上人は、
「大聖人様が広宣流布の時の大導師日目上人様として、第三代を継いで現われたのが猊座であります。(中略)そこが大聖人様のお席である。だから大聖人様は、あの席に常に生れ替っている」(達全2-3-320頁)
と御法主上人の御内証について御指南あそばされる一方で、
「法主が大聖人様の代わりだと、即座にこういうことを言うと、外から非難されますから、よくその点に注意していただきたい」(達全2-5-451頁)
と、法主上人の外用についての御教示をされています。

第六十七世日顕上人も、
「たしかに本宗信徒の立場からは、歴代法主の内証を大聖人様と拝することが、信仰上、大切でありますが、そこには三宝における内証と外用等の甚深の立て分け、筋道があるのです。(中略)しかし、それと学会が論難する『法主即大聖人』や『法主本仏』などとは、筋道も意義も異なるのであり、そのようなことは全く宗門には存在しておりません」(仏法破壊の邪難を粉砕す・245頁)

御宗門云々と言う前に、創価学会池田氏の発言を批判するのが先決だと。
◆本宗における厳粛なる法水潟瓶唯授一人の血脈は、法灯連綿と、代々の御法主上人に受け継がれて、今日に至っております。あくまでも、御本仏は、日蓮大聖人様であらせられ、唯我与我の御法主上人のご内証を、大聖人と拝すべきなのであります。私がごとき者を、かりそめにも、本仏などと、言うことはもちろん、思ったりすることも謗法なのであります(池田大作『大白蓮華』S54.6P16)
◆御法主上人猊下に対しては、御法主上人猊下こそ経文に説かれている遣使還告(けんしげんごう)のお立場、すなわち大聖人様と拝してお仕え申し上げていくことでありました。これが唯一の学会精神であります(池田大作『会長講演集』第4巻P145)
◆御法主上人猊下様は遣使還告で、日蓮大聖人様と拝し奉るのです。このことは信心の上からはっきりしたものです(池田大作『巻頭言・講義集』第3巻P184)
◆遣使還告であられる御法主上人猊下は、日蓮大聖人様であります(池田大作『会長講演集』第10巻P43)

と、月宮氏をはじめ、創価学会の主張する誹謗中傷等のあらゆる批判は、全て池田氏本人自らが過去に語った事、顕正会や正信会等、創価学会と抗争を繰り広げた団体の二番煎じばかりなのですね。若い会員の方々は、本当に気の毒です。何も知らされず、仮に知らされていても『宗門批判ありき(前提)』の情報のみですからね。
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御登山、御参詣、誠におめでとうございます。御宗祖日蓮大聖人様の御魂が宿る総本山に参詣され、功徳の源である本門戒壇の大御本尊がまします根本霊場であります。
日蓮大聖人が、登山の功徳について、
「無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか」
と仰せのように、私たちは大石寺に登山参詣し、御開扉を受けることによって、過去遠々劫よりの謗法罪障を必ず消滅し、成仏を遂げることができるのです。

このことから日寛上人は、
「志有らん人は登山して拝したまへ」(『寿量品談義』富要10-131)

と示され、登山参詣して大御本尊を拝すことの大事を教えられています。
奉安堂は、収容人数約5,000名(車椅子等の方々は別席)で、近年は境内の整備(駐車場・バスターミナル・宿坊等)はもとより、本年度は『御影堂落慶記念法要』が大々的に行なわれます。

かつて明治の文豪・大町桂月は、大石寺をして「大石寺を見ずして寺を語ることなかれ」と評していますが、今、総本山大石寺はそうしたかつての静寂な雰囲気を取り戻し、未来永劫磐石の体制を整えつつあります。

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質問した人からのコメント

2013/10/10 14:51:40

降参 いつも御丁寧に有難うございます 補足の通りであります
今後とも御教示宜しく方々

ベストアンサー以外の回答

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編集あり2013/10/908:34:04

>他のかた仰せの様に日蓮正宗は何ら全く頑なほど変化されていません
↑↑↑
『能化文書』
『本宗の根本は、戒壇の大御本尊と唯授一人血脈付法の御法主上人であります。具体的には、御法主上人の御指南に随従し、御本尊受持の信行に励むことが肝要です。なぜならば、唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にましますからであります。したがって、この根本の二つに対する信心は、絶対でなければなりません。』
『先にも申したとおり、唯授一人の血脈法水は、まさに人法一箇の御法体ですから』
『貴殿らには、純粋的信仰の次元で、唯授一人血脈付法の御法主上人を拝する心がないのであり、本宗信仰の基本的な拝し方に誤りがあるのです。』
↑↑↑
『日蓮正宗宗規 第一章 宗綱 第三条
本宗は、宗祖所顕の本門戒壇の大漫茶羅を帰命依止の本尊とする。』

日寛上人
『三大秘法随一の本門の本尊の御事なり』
『一大秘法とは即ち本門の本尊なり。此の本尊所住の処を名づけて本門の戒壇と為し、此の本尊を信じて妙法を唱うるを名づけて本門の題目と為すなり。』

日達猊下
『我々が布教し折伏するが故に、我々も僧宝であるから他の人々が我々を拝んでもいいんだと云うような心を起こせば、それは既に驕慢であります。』

┐('~`;)┌

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ID非公開さん

2013/10/817:41:56

japantokyo110さん

御登山、お疲れ様でした。そして誠におめでとうございます。きっと大御本尊様の御側に居られる御両親様は心よりお喜びになられておられる事でしょう。

私もいずれこの世を去り、残った子供達が大御本尊様に向い私の供養をしてくれれば最大の喜び、最高の親孝行になると思います。



「登山の大事」

学会員の主張

「自分の家には御本尊があり、その御本尊を拝んで今までと同じように功徳を戴いている。大石寺はいまや謗法の地となっているから、そこへ登山しないことが正しい信心だ」



法華講員の答え

いかなる理由があろうとも総本山にまします本門戒壇の大御本尊から離れた信心には、功徳も成仏もありえません。

※学会員さん、あなたの考えは誤りです。下の文面をよくお読み下さい。

現在、創価学会は、日蓮正宗から破門され総本山への登山も許されない状態です。総本山第六十六世日達上人は、かつて、

「本山においても末寺の添書(証明書)がなければ、僧であれ、信徒であれ、入山、参詣は許しません」(日達上人全集1―4―549)

と御指南されています。時の御法主上人に御開扉を許されない現在の自分達の信仰をよく考えてみて下さい。

この問題が起こった当初は、末寺で添書をもらえば、学会員でも登山することが出来ました。しかし「総本山は荒れ果てている」「野犬が出る」等のデマを流し学会員を登山させないようにしたのは、創価学会幹部でした。この姿を大聖人がご覧になったなら、どれほど哀れに思われるでしょうか。日蓮大聖人は、『四条金吾殿御返事』に、

「然るを毎年度々の御参詣には、無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか。弥(いよいよ)はげむべし、はげむべし」(新編1502)

と、大聖人のもとへ登山参詣することの大切さを示されています。総本山大石寺には大聖人の御当体である本門戒壇の大御本尊が厳護されています。大聖人の正法を信仰しているといいながら、怨念や憎悪をいだき「総本山大石寺への参詣」と「大御本尊へのお目通り」を否定するあなた方は、誠に重大な謗法罪を犯しているのです。したがって、功徳などぜったいに戴けるはずがないのです。

大御本尊がおわします総本山を、口汚く詈ること自体、創価学会が悩乱しているなによりの証拠であり、そのような創価学会にはもはや、大聖人の仏法を標榜する資格など全くないのです。

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