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太平洋戦争の日本兵による突撃攻撃についてなんですが、想像してみると刀や銃剣を...

こーじさん

2013/12/2922:00:51

太平洋戦争の日本兵による突撃攻撃についてなんですが、想像してみると刀や銃剣を持った集団が死に物狂いで突っ込んでくるのだからすごく怖いですよね。
当時のアメリカ兵もパニックになったり

したんでしょうか?例えば、慌てて銃がジャムったりとか。

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kou********さん

2013/12/3003:22:19

あの戦争で日本軍がアメリカの正規部隊と正面からぶつかったのはガダルカナル島が最初でした。ミッドェー島の守備隊を予定されていた陸軍第7師団の一木支隊約900名が駆逐艦に分乗して急遽ガ島に上陸。

アメリカ人はぜいたくに慣れているからジャングルでの苦しい戦いは出来ない、日本軍が銃剣突撃したら泣いて逃げる、蹴散らしてやれ、と。大本営陸軍部参謀の辻政信は「これだけ読めば戦さに勝てる」という私家版の小冊子を発行。その中で「アメリカ兵はシナ兵より弱い」「連合軍の将校は白人だが兵隊は土人」などと書いていましたが、、、

そして満州事変や日中戦争で世界三流の軍隊相手に戦争をしていた陸軍は、それが戦争だと思っていました。しかし一木支隊は上陸後一週間で全滅。そして日本陸軍は次々と増援部隊を送り込みましたが、片っ端から全滅。

米軍は「パニック」と言うより、驚いたんでしょうね。いくら日本兵が勇ましくても、刀や銃剣の有効距離はせいぜい1~2メートル、そんな近距離に近づく前に迫撃砲や機関銃の猛射で日本軍は次々となぎ倒された。米軍は負けても負けても同じ戦法でやってくる日本軍をむしろ不思議がったそうです。

そして辻政信は参謀であるにも拘わらず(実戦部隊の指揮権はない)現地へ乗り込んでパフォーマンスで散々煽り立て、調子が悪くなるとさっさと逃げ帰って、戦後、ガダルカナルで負けたのは兵隊たちがだらしなかったからだ、と悪口を書きました。

太平洋戦争全期間を通じ、米軍の正規部隊との戦闘で陸軍部隊が勝った戦闘は皆無でした。硫黄島やペリリュウの様に頑強で粘り強い戦いで米軍に相当の被害を与えた戦場もありましたが、結局はすべて完敗。沖縄戦でも、第32軍司令部は持久作戦を主張する八原高級参謀の意見を無視し、一斉に総攻撃に出た途端、米軍の猛烈な砲撃、爆撃で大被害。また持久戦に戻りましたが既に日本軍の主力は大損害を受けていました。

戦略や戦術の不備は個々の兵士の勇気では補えません。黙々と命令に従い、敵ですら賞賛した勇敢さで戦い、黙々と死んでいった兵士たちが哀れです。

質問した人からのコメント

2013/12/31 17:05:31

なるほど…大変、参考になりました。
他のみなさまもご回答ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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nak********さん

2013/12/3014:11:20

〇米軍で軍用拳銃をM1911にした理由を知ってます?
◇フィリピンをスペインから奪ってから米国もフィリピンの反乱鎮圧に苦労したそうです。
☆反乱軍はジャングルの中で近距離から現れて突撃して来るのでライフル操作が間に合わずに咄嗟に拳銃を使うのですが38口径拳銃では命中してもそのままの勢いで突っ込まれて仕舞い損害が出たそうです。
☆そこで打撃力のある45APC弾を使うM1911が採用されたそうです。
☆最近米国でも強盗犯人が防弾チョッキを着用しAK小銃を持っていて9ミリ拳銃の警察では対処出来なかったそうです。(犯人に弾が命中しても倒れない犯人の銃弾は防弾チョッキは愚か盾にしているパトカーのドアは貫通する始末!)
☆そこで警察官は近所の銃販売店に行きガバメント系の拳銃を調達して対抗したそうです。(打撃力があるので防弾チョッキを貫通しなくても倒す事が出来た。)
〇米軍は敵部隊の銃剣突撃には信頼性のあるブローニング機関銃を撃ち捲ります。水冷式なので銃身が焼けて撃てなくなる事がありません。

慧馥郁さん

編集あり2013/12/3002:40:07

これには条件によって異なります。
何でも同じ突撃ではありません。
戦述的な突撃と玉砕の最終突撃とは違います。
日本兵は白兵戦に重点を置いた点もありますが、突撃でも夜半に敵の近くまで忍び寄り、奇襲となれば効果はありました。
これには統率のとれた精鋭であればなおさら効果ありです。
敵が、弱い集団ならもちろんの事です。
この場合はパニックになります。

しかし、玉砕の最終突撃は、多くの場合、遠距離突撃となってます。危険な上陸戦をこなす海兵隊が相手なら、虐殺に近くなるでしょう。
所詮、圧倒的大兵力の前では、機関銃云々の話しではなくなります。

いくつかの戦場では、玉砕突撃でもパニックになったことも確かにありました。
記憶が曖昧ですが、硫黄島で残存日本兵による突撃で、いたのは工兵部隊と航空関連部隊しかない所に夜間奇襲となった事例がありました。

mik********さん

2013/12/2922:24:30

日本は第一次大戦の経験がなく、日露戦争の成功体験がトラウマになっていて、銃剣突撃なんてもう時代錯誤だったのに、そのことに気が付かなくて、太平洋戦争でもそれを繰り返しました。
最初はアメリカ兵もそんな時代錯誤がまだ残っていたのかとびっくりしてパニックを起こしましたが、じきに慣れて、次からは機関銃を連射して日本兵をなぎ倒しました。
ガダルカナルの戦いで、川口支隊などが夜間に銃剣突撃をしましたが、米軍の十字砲火の前にあえなく全滅しました。
敵の弾幕の中を突進する銃剣突撃など、自殺行為と同じです。

iko********さん

2013/12/2922:23:02

当時の日本兵の話ですと

当初はみんなびっくりして逃げ出したんだそうです
初期の日本の快進撃はこういう理由がありました

しかし、落ち着いて火力で対応されるようになると
中国兵にも勝てなくなっていきました

わっかさん

2013/12/2922:17:05

そのような陣前の歩兵突撃は、機関銃で薙ぎ払えば、単なる一方的虐殺にすぎなくなることは、第一次世界大戦の戦訓で明らかでした。ただ奇襲にならないように、前方の警戒を厳重にし、側面の連携を密にし、夜間は常に照明弾を打ち上げて戦場を明るくし、必要ならマイクロフォンなどを陣前に設置し、突撃する日本軍の動向をあらかじめ確認できるように努めました。つまり万全の準備をして待ち伏せ、敵が突撃を開始したら、高性能の機銃でなぎ倒すという戦法を確立して、味方の動揺を沈めていたようです。まあそれでも戦闘が始まれば、多くの兵士はパニックになります。パニックになっても体が動くようにしているのが、日ごろの訓練というものらしいです。これは日米を問わずね。
ちなみに、戦争の後半になると、アメリカ軍は、日本軍がバンザイ突撃をかけてくれると、一気に全滅させ、早く勝負が決まるので、バンザイ突撃を期待していたようです。日本軍がそのような陣前突撃を行わなかった、ベリリュー島、硫黄島、沖縄で、日本軍はしぶとい防御戦に終始したために、アメリカ軍の犠牲がとんでもなく多くなったわけです。
陣前突撃は、敵に利することのみ多く、味方に利するところが無い、という結論に、サイパン戦以降の日本軍は到達していたようですね。

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