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大東亜戦争はアジア開放の為の正しい戦争だったというのは建前であり、当時の日本...

fug********さん

2014/2/2707:44:38

大東亜戦争はアジア開放の為の正しい戦争だったというのは建前であり、当時の日本人としても、侵略により国難を解決するという考えが一般的で侵略という自覚もありましたよね?

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ベストアンサーに選ばれた回答

bla********さん

2014/2/2721:10:11

慰安婦でもないけれど、生き証人としての感想では、侵略ではなく征服というのが実感です。
アジアを支配していた白人を追い出し、自分たちが代って支配するという意気込みでした。私は上海の共同租界にいたから、特にイギリス租界やはランス租界を手に入れる目標がよく分かります。

とくに戦争初期、南方資源を獲得した興奮は忘れられません。これで世界は日本のものという気分でした。八紘一宇などとんでもない。ようやく分捕ったのにという思いでした。

山中峯太郎を読んだこともない若僧が、どうして侵略の意思なしなどと白をきるのか滑稽ですね。

質問した人からのコメント

2014/2/27 22:37:43

生き証人の方なのでベストアンサーにさせていただきます。最近の日本のネットの歴史認識は、戦前の事で今の価値観から見て、少しでもマイナスな事だと、中国韓国日教組GHQの捏造といい、正しい歴史に対して聞き耳をもたない、右翼のアジ演説を史実だと思ってしまう若者が増えている気がします。正しい歴史認識を知る事が必要ですね。

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ava********さん

2014/2/2719:56:21

歴史の史実を一つ一つ丹念に追うことです。
「侵略」というのは、挑発もされないのに他国へ攻め込むことなのです。
では、いつ日本が他国へ攻め込んだのでしょう?
1900年の北清事変の折に、日本は清国への軍隊の駐留権を得ます。

その後、条約を無視して(過去の条約を一方的破棄)領地および他国の排斥に掛かったのは中華民国国民です。
日本は対応を穏やかにしたため、中華民国国民に侮られ日本に攻撃が集中するようになったのです。
この軋轢が「支那事変」に繋がりました。
現在の中国が東京裁判の判決に拘るのは、笑止なのです。


全ては「日清戦争」「日露戦争」で始まります。
両戦争は、朝鮮の主導権争いであり、朝鮮半島へ侵略意図を持った国家が進出すれば、日本の安全保障が危うくなるために他勢力の排除を行ったのです。
その結果、台湾と遼東半島、南満州鉄道を得たのです。

史実を調べると、戦闘はことごとく中国の攻撃から始まっています。
これを「日本の侵略」としたのが東京裁判(東洋裁判では事実関係の調査が無く、日本の侵略の前提で裁判が始まりました)なのです。
始めから「日本の侵略」と決めつけられ、戦後教育で徹底されただけで、「侵略」などという認識が国民にあるはずがありません。

hak********さん

編集あり2014/2/2714:43:27

これに関してはikontaさんの意見が正しい。
一般人なんてものはいちいち命令に大義だの理由だの気にしません。

一般人は単に「親がそう命じるから」「学校がそう命じるから」「会社がそう命じるから」
そして「国家がそう命じるから」ってのが行動の本音です。

質問主さんだって、別に学校で「この時間は雑草むしりの作業をするのでやりなさい」と言われたら
別に「雑草が育ちすぎて美観の邪魔になるからそろそろむしらなくてはいけないんだな」とか大義に納得してむしるわけではなく「学校がそう命じるからむしる」って感じでしょ?

それと同じ理屈で、当時の兵士は単に「国が命令するから」という理由で
鉄砲かついで外国に攻めて行った。それだけの話しですよ。

もっとも、そもそも大義や命令とやらに納得が行かないからといって拒否できるわけではないです。
下手すると命令拒否で殺されます。それだけの話しです。
軍隊で「お前たちはここを守って全員、玉砕せよ」と命令されたら、個人的に理由が納得できようができまいが、そうするしかないのですよ。
主に軍隊では命令するだけで、そもそも理由や大義などほとんど話しませんし、命令された兵士もそんなものは求めませんね。

軍隊なんてものは基本的に「お前死ね!」といわれたら「はい、わかりました」と言って死ぬのが軍隊であり、
その命令に拒否は元より、質問もコメントも一切許されないものなのですよ。
ましてや、兵士達は南方の右も左もわからない島に強制的につれて行かれて戦わされ、命令させられるわけで拒否なんて出来るわけがなく、大義なんていちいち考えてる余裕すらない。

kou********さん

2014/2/2711:38:55

>大東亜戦争はアジア開放の為の正しい戦争だったというのは建前であり

建前どころか最初から日本独自の意志で始めた侵略戦争でした。当時の政府、軍の資料にもはっきり書かれています。昭和15年7月の四相会議(首相、陸相、海相、外相)で決定した政策大綱には「英、仏、オランダ、ポルトガル植民地を東亜新秩序の内容に包含せしむる為の積極的処理」と。つまり南方を侵略して西欧諸国の植民地を奪う。占領したアジア諸国も、「八紘一宇の皇道に基づき、帝国輔導のもとに」「軍事、外交、経済などの全般にわたり、帝国の強力なる把握下に置かるべき」というもので、今まで平和に貿易で手に入れていた石油などの資源を武力で強奪する、と。それを聞いて東條は「泥棒をせいという事だな」と笑ったそうです。

そして日本のアジア征服の邪魔になる米英を叩いておこうと始めたのが太平洋戦争でした。これも御前会議の記録が残っている。日独伊三国同盟の条文にも、独伊は欧州を支配し日本はアジアを支配する、その為にお互いに助け合おう、と書かれています。

アジア解放だったら先ず朝鮮を再独立させ、台湾・満州を中国に返還し、中国と仏印から日本軍を撤退させないといけない。それをしないでアジア解放を言っても笑われるだけです(戦後アジア諸国は独立を果たしたが日本が負けたから独立出来た。日本が勝っていたら日本の植民地、属国になっていた。当時の日本政府の文書にはっきり書いてある)

よく言われる対日石油禁輸もハルノートも関係ありません。そのかなり前から日本は対米英戦争を具体的に決めていた。日本が南方の侵略作戦を行っている時にアメリカ太平洋艦隊が横から出てきて邪魔をしないように、と行ったのが真珠湾攻撃です。対米戦争は日本の国策だった南方侵略の副次的なものでした。その「副次的」な戦争で世界史上最強の軍事超大国アメリカにこちらからケンカを売った日本は無茶苦茶に負けて国が崩壊、数百万の日本人が死にました。東條英機の様に勇ましいだけで無知で無責任な指導者を持った当時の日本人が哀れです。

日本は戦争などする必要はまったくなかった。当時の日本は世界五大軍事大国・三大海軍国、国際連盟の常任理事国、広大な領土を持つアジアの大国として世界も一目置いていた。石油や鉄鋼などの重要資源も欲しいだけ輸入出来た。そんな日本を植民地にしようとした国なんかありませんよ。しかし日本は国際条約を破って満州を侵略し国際連盟を脱退。中国大陸侵略を拡大し更に世界の嫌われ者ナチス・ドイツと軍事同盟を結んだ。にも拘わらず、日本による中国侵略がピークに達した1940年度ですら日本の石油需要量の86%をアメリカが供給。このどこが「アメリカの圧迫」なのでしょうね。しかし日本は更にフランスがドイツに負けたドサクサに仏印を侵略。ここでアメリカの我慢が切れて対日石油禁輸を実施。アメリカの対日強硬策はすべて日本の好戦的な侵略主義に対する不信感、警戒感だったのです。

しかしこれすらアメリカの警告で、日本が侵略をやめれば石油もまた入ってきましたが日本は戦争を選びました。それが元からの日本の国策だったのです。真珠湾攻撃もマレー半島上陸も、ハルノートが出るかなり前から具体的に決められており、実際、真珠湾攻撃の為に日本海軍機動部隊はハルノートの前に出撃していた。「大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌」というものがありますが、ものすごい内容ですよ。「外交交渉が失敗する事を熱望する」とか、日本(≒陸軍)は戦争がしたくて仕方がなかったのです。ハルノートなど無くても日本は戦争を始めていました(知恵ノートの「ハルノートは太平洋戦争の原因ではない」をお読み下さい。http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n73649

という事で、太平洋戦争は日本によるアジア侵略の延長上の必然的な結果でした。アメリカの陰謀とかアメリカのワナ、アジアの解放やABCD包囲陣などはすべて戦後の言い訳けにすぎません。

>侵略により国難を解決するという

どうして「国難」が日本に降りかかってきたかと言うと、日本が侵略を拡大していたから米英が警告の意味で強硬策を取ったのです。

>侵略という自覚もありましたよね?

軍部にはありました。堂々たる確信犯です。しかし一般国民は知らなかった。陸軍主導の強烈な思想統制、言論・表現の自由の規制、報道管制で国民が見聞きするものはすべて軍のプロパガンダ。日本は神様である天皇が統治する神の国(憲法にそう書いてあった)、その国民は神の子、軍隊は皇軍、日本の戦争はすべて聖戦、悪いのはみんな外国、、、そういう事を大人も子供も毎日毎日教え込まれていました。仮に世界情勢が分かっていてそういう国粋主義に疑問を示したりするとたちまち逮捕、投獄、拷問が待っていた。一般国民は戦争を大いに歓迎しましたが、そういう時代背景があった事を理解しないといけません。

gbr********さん

2014/2/2710:22:41

戦争する前に自分の殖民地の朝鮮と台湾を独立させておけば植民地解放と言う言葉に説得力があったのに

自分のは独立させない、人のは独立させろは世界からアホかと嗤われるだけです

2014/2/2709:17:31

そんな建前ないよ
開戦の詔にははっきりと「英米が重慶政府を支援した為」と書いてあります
「植民地」とか「民族自決」なんて文言は一切無し

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