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日蓮正宗に関わりのある皆さんにお尋ね致します。国立戒壇論とは、一体何が誤って...

hac********さん

2014/4/2621:00:39

日蓮正宗に関わりのある皆さんにお尋ね致します。国立戒壇論とは、一体何が誤っていたのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

fuj********さん

編集あり2014/4/2907:26:22

モデムーン女史が実に浅はかな回答を仕出かしていますが、田中智学氏や浅井甚兵衛氏の個人的な思想ではありません


確かに国立戒壇をフレーズとして使い出したのは田中智学氏だと言えるでしょうが、その思想は日蓮門下に深く根付いたものです


即ち国家諌暁による国主の帰依、それに伴う王仏冥合の治世、国家権力によって他宗派を殲滅して広宣流布をもたらし、国家による戒壇堂の建立を目指すと言う思想であり、端的に表現するならば、宗教国家の樹立だと言えるでしょう


国柱会や妙信講のみならず、日蓮正宗や創価学会も王仏冥合による国立戒壇建立を目指していました


だからこそ、創価学会は国政に乗り出し、日蓮正宗もそれを支援した訳ですから


ただ私見を述べるならば、王仏冥合も国立戒壇建立も、非現実的と言わざるを得ません


抑もこれらを達成するためには、順縁の弘教と流布が前提となりますが、この末法でそれは非現実的だからです


しかも流転激しきこの現実社会にあって、永遠不滅の宗教国家樹立など、出来ようはずもありません


更に付け加えるならば、信仰するは国家ではなく、国民個々でありましょう


当時はそれを無視して国立戒壇云々していた訳で、些かナンセンスであったと言えるでしょう

質問した人からのコメント

2014/5/2 17:29:54

降参 日蓮大聖人様御在世中とは、状況が変わってきたと言うことなんですかね。皆さんどうもありがとうございましたm(__)m

ベストアンサー以外の回答

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mik********さん

2014/4/2915:53:10

正宗信徒です。
確かに正宗ではかつて国立戒壇という語を用いていました。これはすでに富士五山さんが仰るように、言葉を始めに使用したのは田中智学氏であろうと思います。
この国立戒壇という言葉は、世間において多くの誤解を招く可能性があり、実際誤解もありました。
かつての妙信講、今の顕正会も国立戒壇に対して誤った解釈たその語に執着した結果、破門されています。

日達上人は、国立戒壇という語そのものが大聖人様の用いられた言葉では無いこと、また世間に誤解を与えるという理由から、今後用いないとした語であったわけです。
そもそも、国立戒壇は世相にも合わない言葉となりましたし、現代の日本は民主主義という信教の自由を認める国家です。たとえ大聖人様の教えのうえで、国主諫暁があるとはいえ、そこは四悉壇等を考えていかねばならないわけです。
国法に触れて布教をするのでは、それこそ法を下げるにとどまらず、教えの存続さえ危ぶんでしまいます。

近代では、戦中の国家神道の強要や、明治の廃仏毀釈により正宗も大打撃を受け、廃寺になった寺院も存在しました。
謗法と同座することを正当化するのではなく、無用に法に触れては横難となってしまうということなのです。
なかんづく、今なお国立戒壇、といっても誤った思想に執着した顕正会に至れば、数多くの暴力沙汰など、悪影響は大きいのです。

前置きが長くなりましたが、国立戒壇とは、世間に大きな誤解を与えるから用いない言葉です。
それは、国立戒壇=日蓮正宗のみを国法と認める国家の建設、という誤った理解を蔓延させないためでもあったわけです。
広宣流布とは、一往の目安はあったでしょうが、大変長いスパンで考えねばならない本宗における最大の存在目的です。しかし、広宣流布は宗教弾圧の末に、強制的に政治権力によって他宗教を否定するということではないわけです。その誤解を払う意味合いからも、国立戒壇の語は大変誤解を招きやすいから、用いなくなったわけです。


日蓮正宗における広宣流布とは、折伏とは、例え邪を強く破折屈伏せしめるとはいっても、逆縁故に帰依する是非は本人にゆだねられるわけです。つまり自由なのです。
今も本山には「不開門(あかずのもん)」が客殿の前にあります。狭義には国主がこの門を潜るとき、広宣流布の達成とすることは確かです。しかし、本質的な不開門の存在意義は国主の帰依よりも、広宣流布達成=不開門を開く、つまり一日でも早く不開門を開くことが出来るべき日(広宣流布)が訪れるように、そのように我々僧俗は尽力せねばならないのだと考えるべきなのだと思います。
従って、国主の絶対帰依だとか、国教化だとか、そういう考えは誤りであって、そのような独裁的思想は日蓮正宗にはもとより存在しません。

二箇相承における
「日蓮一期弘法付嘱書」「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」との仰せも、注意深く拝すべき御文ではないか、そのように思います。

tuk********さん

2014/4/2805:36:34

当時の思想としては別に間違ってないよ。
今は民主主義やし宗教分離原則の政治が最良だから、天皇に建ててもらうというのは非現実的だね。

kaw********さん

2014/4/2700:12:25

↓の方へ


…でもねぇ、…これ、絶対ゆっちゃだめ!って言われたのに、ゆったらだめなんだけど、

そのぐらい内緒
(・o・) だけど、

さすがに、どなたが、とまでは、言えないですが、
大石寺には、皇族の方が来られたこともあるんですよ。

日蓮正宗の御信徒ではないですけどね。

私が昔いた、日蓮正宗のお寺の住職とあともう1人の僧侶が、案内なさったそうです。

紫辰殿御本尊は、あるって聞いたけどね。

いつか、天皇家が御信徒になられた時のための、御本尊…

未来のことは、わかりませんね。

ヽ(・∀・)ノ

dux********さん

2014/4/2622:40:33

国柱会が使い始めた言葉です。
間違ってはいませんでした。当時の世相には合致していたから、使ったまでの事。ただ、現在と当時とは時代も価値観も、政治も違うため、現在では使ってはいません。考えてみてください。大聖人御在世当時、権力者、将軍、天皇への折伏が行われましたが、今そんな事は行われてはいません。当時とは政治状況が違いますから。
国柱会が使い始めた当時と現在の世相を見比べれば、分かるでしょ?

mod********さん

2014/4/2622:15:40

「国立戒壇」という言語を最初に用いたのは国柱会の田中智学です。
宗門も国立戒壇に安置するべき御本尊は戒壇之大御本尊様以外にないとして国立戒壇の語を使ったとされていますが、それは国立であるか否かではなく根本の本尊の所在は国立にふさわしいものとして使われてきただけであり、事の戒壇が国立でなければいけない、という訳ではありません。それを歪曲して考えてしまったのがアサイさんであり、国立でないのはご遺命にも反すると!そもそも不相伝の邪宗の徒である田中智学の言葉にも感銘をうけ持論とすること自体問題であってご自身の屁理屈を更に理屈っぽくするために必要としたのかも知れません。

誰が誤っていたかといえば田中もそうですが、それを利用したアサイさんでもあるでしょう。

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