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市場メカニズムを正常に働かせるには「神」の概念が必要だと言いますが。

ナリトクさん

2007/9/2520:15:27

市場メカニズムを正常に働かせるには「神」の概念が必要だと言いますが。

市場には参加する度に毎回市場の審判にさらされますが、聖書によれば「神」による審判は一回だけですよね。
この審判の性質の違いをどのように説明しますか。
御回答よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

tan********さん

編集あり2007/9/2919:52:25

それは旧約聖書でしょう。(神との旧い契約)
これはユダヤ教、イスラム教、キリスト教(新約聖書→新しい契約)の母でもあります。

(市場メカニズムを正常に働かせるには「神」の概念が必要だと言いますが。)
これは、イギリス産業革命後においての予定調和説を取り入れた経済理論を指しているのではないですか?
「市場は神の見えざる手によって公共の福祉を達成する」(正確な訳語ではありません)
という自由経済、夜警国家(小さな政府)論を唱えるための思想です。
神の概念が市場に必要なのではなく、上記の思想による市場のあり方に神というエッセンスが含まれていたとするのが妥当です。
もちろん、どんな理論でも時代が変われば古くなります。
不況時の社会不安の恐ろしさを経験する前のものです。

追記:nandekietanoiiさん、スミスの著述に一回しか出てないというのが論拠ですか?
現在では、広く読まれているのはやはりアダム・スミスでしょうが、スミスはオリジナリティに乏しい人間ですが(天才ではありません)、実に有用な今でいうエコノミストでした。同調して「自由経済万歳!」は当時の英国の指導者のノーマルな姿勢でしょう。
理論と実際という問題はこの2500年の世界的な問題ですよ。
スミス一人が当時の全部の意向を代表しているのではありません。また、一回だとしても意味があると考えれば結論に影響を及ぼします。パックスブリタニカは誰も否定できない、当時の世界経済の姿です。「神」が気に入らなければ市民(この用語を使うことは難しいですが、先を急ぎます)の合理的決断が「否!」と応えるでしょう。
ウィキペディアレベルでなく、原書をまず読んでください。
スミス一人の話ではありません。
英国植民地全盛の時代ですから、理論はともかく貿易イコール利益なのです。理論は都合よく造られることが多いですが、これは典型的な例ですね。

質問した人からのコメント

2007/10/1 08:39:01

抱きしめる 皆様、御回答ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

nan********さん

2007/9/2717:59:45

>市場メカニズムを正常に働かせるには「神」の概念が必要だと言いますが。

これはアダム・スミスを誤解した結果です。
市場は神の見えざる手にゆだねられる、という言葉はスミスは1回しか使っていないことが近年
知られるようになりました。『リベタリアニズム読本』でもそう述べられています。
スミスは神を全く重要視していませんでした。

しかし市場主義を批判する側にとっては、それが誤解となると市場主義を
批判しにくくなるので、この誤解はそのままにしておいたほうがいい!!と考えています

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