ID非公開

2014/6/12 4:47

44回答

文化大革命当時、紅衛兵であった若者は今何をしているのか。

文化大革命当時、紅衛兵であった若者は今何をしているのか。 中国がユネスコの世界記憶遺産に南京大虐殺を申請したというニュースを見て中国の歴史が気になり調べていくうち、「文化大革命」に行き当たりました。 当時、紅衛兵だった中国の若者達は今はどこで何をしているのでしょうか。彼らが現在の中国社会の中枢にいる可能性はありますか。 何千万人も犠牲者があったとのこと、悔やんでも取り返しのつかない問題であろうと考えますが、そのような事件にかかわった当事者は自らを正当化しつづけなければ正気を保てないのではないでしょうか。そのような問題認識からの疑問です。

国際情勢7,904閲覧

1人が共感しています

ベストアンサー

4

文革時の紅衛兵たちは、文革終盤に文革を地方に広めるための「下放」として地方の農村に移住させられました。 そして、電気も水道もない貧しい農村の農民として一生を終えたものが殆どです。 都会育ちの紅衛兵たちにとって、地方農村での生活はかなりショックだったらしいです。 「下放」政策は、権力を奪還した毛沢東が、暴走する紅衛兵を追い払って文革を沈静化させるために行ったものです。

4人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答くださった皆様有難うございました。

お礼日時:2014/6/18 9:16

その他の回答(3件)

4

おそらく、紅衛兵運動で多少なりとも目立っていた人物は、現在の中国社会の中枢には居ないと思います。 紅衛兵は、もともと、1966文化大革命時に、ろくな判断力もない10代少年が毛沢東語録をバイブルとして活動を始め、すぐに内ゲバ状態になり、毛沢東にも手に負えなくなり、1968以後は、農村支援の名目で大量の中学卒業生紅衛兵が農村や辺境に事実上追放され、最終的には1978解散命令で消滅したのだったと思います。 そんな事情から、学歴の低いものが多く、農村部の労働力になった者が多く、また、その後の共産党指導部にとっては危険分子なのでマークされていたはずですから、中枢にはちょっと行きにくいですからね。 尖閣国有化の直後の中国デモ隊で、毛沢東の写真を掲げていたのを見て、元紅衛兵かな、などと思ってました。困窮層でしょうね。 中国共産党の官製デモなのに、現共産党批判まで出てきたのでどうするのかな、とも思って見てました。 後悔というのは、おそらく紅衛兵の多くは、市民に対する殺傷を後悔しては居ないのではないでしょうかね。毛沢東語録をバイブルとして、自らを正当化していると思います。 中国では、日本とは自己の親族以外の生命の重さについての感覚が違うのではないか、と思うことも有りますし。 推測部分が多くて、完全な私見なので、眉唾で読んで下さい。

4人がナイス!しています

ID非公開

質問者

2014/6/13 0:43

中枢にはいないであろうとの御意見、安心しました。自身の過去に対峙できない者は他者をスケープゴートにする傾向があるので。 なるほど。反日デモ中に毛沢東の写真を掲げる者は、中国当局にとって危険な存在に転じ得るということか。今後中国でデモが起きることがあれば観察してみたい。

5

中枢にいる可能性はあるかもしれませんが、表立ってそうだったとは言えないでしょう。むしろ、当時餓死一歩手前まで追い詰められても生き延びたエリートが今の中枢にいると思います。どんな立場にあれ、文革の歴史が有る限り彼等は腹の内では自国を信用していないでしょう。だからかなりの地位にいながら資産を貯め移民していくのです。 そもそも、民族数や人口からして一党独裁政治でおさまりのつく規模の国ではありません。出来るとしても、富の一極集中などいびつな構造になるのは仕方ありません。 政治の我慢や鬱積はとんでもない暴発を引き起こすものだと思います。中国でまた事が起こるかもしれませんね。

5人がナイス!しています

ID非公開

質問者

2014/6/13 0:28

では現在中国社会の中核を担う層も、些細なきっかけで民衆が狂気に走る可能性があることを認識し畏れているということか。自身を守るために沈黙し、時の権力者におもねり、国の将来をあきらめているということなのだろうか。

3

1966年から、10年くらいやってましたね。 中学生くらいから、高校生くらいの年代。 今なら、60才程度なので、当然共産党メンバーで、バリバリに中枢部でやっていても不思議ではありません。 しかし、意外と現在のメンバーは、親や本人が被害にあっているので、当時の紅衛兵をやっていた人々は、中枢部には少ないかもしれません。 結局、毛沢東に利用され、最後は弾圧もされてます。 共産主義の宗教的な活動だったので、自分の親や兄弟さえ、反革命分子として吊し上げ、殺してしまったので、反省するとかのレベルでは無いだろうと思います。 文化的な破壊だけでなく、家族とか、友人とかとの関係も破壊してしまっていますから。 朝市で、野菜売っていたお婆さんが、野菜を包んでいた新聞紙に、毛沢東の写真が映っていただけで、反革命分子扱いで、檻に入れられ、引き回され、広場で吊るされたりするほど過激になったりしたので、流石に毛沢東も慌てたようですが。 公式記録は残っていませんが、当時の新華社の記者が、後から、2000万人は、死んでいる、等と言っていましたから、現在の共産党としても消してしまいたい過去でしょう。

3人がナイス!しています

ID非公開

質問者

2014/6/12 7:34

2000万人を10年(120か月)で割ると月平均で約17万人。過激な時期には毎月数十万人の死者が続いたということか。その時代を知らない者には想像を絶する。