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江戸時代のお金について

vio********さん

2014/6/1720:08:45

江戸時代のお金について

江戸時代一般の商人や、職人の奥さんが、一分銀や 一朱金 ニ朱金等のお金を普段もっていたのでしょうか。

補足例えば江戸時代、一年に二度の支払いと聞いて居ますが、やはり文という、お金を貯めていたのでしょうか

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kur********さん

2014/6/2110:49:25

突然、飛脚を走らせるとか、宴席をもうけるとか、たまたまみつけた有利な物件をおさえるために手付けを払う場合、その程度のお金は必要です。今みたいにキャシュカードがあるわけでもなく、手形が庶民相手に通用するわけでもありません。
浪人や旅人などでも、万が一の時に恥をかかないように、銀や金の高額貨幣を服に隠して縫いこんでおく場合もあったようです。
職人自体は宵越しの金は持たない主義でも、奥さんはヘソクリを隠し持つ心構えが要ります。

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m22********さん

2014/6/1800:54:39

高額貨幣である金貨・銀貨が使えるのは、それなりに大きな商家で高価なものを取り引きする場合に限られました。
いうなれば一分金やニ朱銀は、庶民にとってドルやユーロのようなもの。
現在で云うところの免税店や高級ブティック・ブランドショップにでも行かなければ、代価として清算して貰えないお金でした。
何故なら、金貨も銀貨も江戸や上方の相場によって日々レートが変わってしまう、とても複雑な価値基準と専門知識を要する貨幣だったからです。
なので庶民は、時にドル(金貨)・ユーロ(銀貨)を入手したとしても、サッサと使いやすい(分かりやすい?)エン(銭貨)に両替してしまいました。
わざわざ両替屋で手数料を払ってでも銭貨に替えてしまうのは「買い物の度にイチイチ小難しい算術なんざしてられっか、ベラボウめ!」という下町気質からでしょうか。(笑)
加えて、庶民が利用するような小口商いではほぼ銭貨のみの売買でしたから、そこらの商人や職人のおかみさんが日常的に金貨銀貨を持ち歩くようなことは、まず考えにくいことですね。

銭貨は「おあし」、金貨銀貨は「おたから」。
庶民が虎の子たるお宝を持ち出す時は、何か確たる目的があり「今日こそは、どうしてもアレを買いに行く!いざ!」とばかりに意気込んで、ふところ深くしっかとばかりに抱いて出掛ける……そんな感じだったろうと思われます。(^^)

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mug********さん

2014/6/1720:29:55

一般庶民は普段の消費生活のためには「分」はほとんど使うことはないです。

ただ、棒手振りなどの行商人は釣り銭の必要から朝、両替屋(銭屋)で分や朱を銭貨(文)に両替をして、一日が終わると夕方両替屋に行って売り上げの小銭を分や朱に両替していたようです。そして箪笥預金として保管しておくのです。必要に応じてまた小銭に両替して使う、という具合です。

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