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南京事件について。 結局、南京事件と呼ばれるものはあったのでしょうか?なかった...

izu********さん

2014/9/713:35:39

南京事件について。 結局、南京事件と呼ばれるものはあったのでしょうか?なかったのでしょうか?

それを考察するには、中国は戦勝国であるという事実を考慮しなければならないと思います

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kou********さん

2014/9/802:33:47

はい、ありました。中国が最終的に戦勝国だった事は関係ありません。中国を侵略していた日本軍が1937年12月に当時の中国首都の南京を攻略した時に起こった事です。

南京戦での日本軍による大規模な殺人、略奪、強姦は戦後まで待たなくても当時の大日本帝国陸軍の将軍や実戦に参加した兵士たちなどの記録、従軍日誌などがあります。

日本軍は終戦時に厖大な量の資料を焼却してしまいました。数年前に情報公開法が出来た時も、官庁は相当の資料を焼却したと言われています。「悪い事なんかしていない」「非難はみんなウソだ」と言うのであれば堂々と公開すればいいものを、やはり見られると困るものが沢山あったのでしょうね。

日本軍は南京攻略後、終戦まで8年間にわたって南京を占領しています。「否定派」の人たちはそういう事も御存知ない(知っていても無視する)。当然その間に中国側の調査を許すわけがない。そしてその8年間で日本軍は証拠になるものは徹底的に廃却、焼却したでしょうね。

この話題についてはここ数年、どころか数十年にわたって激しい議論が行なわれていますが、結論は出ていると言っていいでしょう。陸軍将校の親睦団体である「偕行社」ですら認めて謝罪しているのですから。武士らしい立派な態度です。

結局、詰まるところは「人数」の問題ですね。中国は30万と言います。しかしそれを証明出来ない。同じく日本サイドも30万ではない事も証明出来ません。

上智大学のセンセイの様にあったとしてもせいぜい4,50人だと言う人もいますが、まあジョークでしょうね。日本軍サイドの資料はほとんど廃却されてしまったはいえ、少しは残っています。そういうものだけを単純に積み上げても簡単に数万になります。

実戦に参加した兵士たちの具体的で生々しい証言もありますが、ここでは大日本帝国陸軍のトップクラスのレベルの人たちを例に上げます。こういうものは終戦後、時代の空気を読んで書いたものではありません。すべて当時のリアル・タイムです。これ以外にもありますが、否定派はみんなウソだといいます。当時の大日本帝国軍人はウソツキばかりだったのでしょうか?

陸軍参謀総長の閑院宮大将は、南京攻略軍司令官の松井石根大将に異例の厳しい勧告書を送りました、「軍紀風紀において忌まわしき事態の発生近時ようやく繁を見、これを信ぜざらんと欲するもなお疑わざるべからざるものあり」、と。

そして松井大将はその後更迭されました。敵の首都を攻略したのですから本来ならば大変な名誉のはずですが、南京戦での大蛮行事件の責任者として扱われたのです(もちろん一般にはそんな事は公表しませんが)

陸軍省人事局長の阿南惟幾少将(のち大将、最後の陸軍大臣、敗戦の日に割腹自決)は南京視察メモにこう書いています。
「軍紀風紀の現状は皇軍の一大汚点なり。強姦、略奪たえず」「「婦人方面(注:強姦の事)、殺人、不軍紀行為は、国民的道義心の廃退、戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり」

皇道派の巨頭・真崎甚三郎大将の日記:
「江藤君来訪、北支及上海方面の視察談を聞く、今回も主なる責任者の談を交へて研究せり。従って同君の意見は相当に権威あるものと云はざるべからず。之によれば一言にして言わば軍紀・風紀頽廃し、これを建て直さざれば真面目の戦闘に耐えずと、、、強盗、強姦、掠奪、聞くに忍びざるものありたり」

中島今朝吾第十六師団長の従軍日誌
「佐々木部隊だけにて処理せしもの約一万五千、太平門に於ける守備の一中隊長が処理せしもの約千三百」「大体捕虜はせぬ方針なれば片端よりこれを片付ける事となし」(軍事用語で「処理」「片付ける」は正規の戦闘以外での虐殺)

第十六師団 歩兵第30旅団長・佐々木到一少将の日記
「俘虜続々投降し来たり数千に達す。激昂せる兵は上官の制止を聞かばこそ、片はしより殺戮する」

松井石根大将は東京裁判で南京事件の責任者として死刑になりましたが、死刑直前に悟りきった透徹した心境で花山教戒師に語った言葉です。

「南京事件ではお恥ずかしい限りです。私は日露戦争の時、大尉として従軍したがその当時の師団長と今度の師団長と比べてみると問題にならんほど悪いですね。日露戦争の時は俘虜の取り扱いその他よくいっていた。今度はそうはいかなかった。武士道とか人道とかいう点では、当時とはまったく変わっておった。

慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った。せっかく皇威を輝かしたのに、あの兵の暴行によって一挙にしてそれを落としてしまった。ところが、そのあとで皆が笑った。ある師団長の如きは、当たり前ですよ、とさえ言った。従って、私だけでもこういう結果(注:死刑)になるという事は、当時の軍人たちに一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。せっかくこうなったのだから、このまま往生したいと思っている」

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kyo********さん

2014/9/713:40:10

南京事件は基本的に証拠の写真などの場所などが特定出来ないことから捏造されていたということを何かの本で見た覚えがあります。なので南京事件は日本を批判するために中国側がでっち上げたと思っていいでしょうね。

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