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吉宗が漢訳洋書の輸入制限を緩和しましたが、漢訳洋書が日本に入ってくることのデ...

chi********さん

2014/10/518:28:53

吉宗が漢訳洋書の輸入制限を緩和しましたが、漢訳洋書が日本に入ってくることのデメリットは何だったんですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

asa********さん

2014/10/518:58:59

具体的なことと、かなりモワッとしたものとがあります。

具体的なことは、ヨーロッパの技術を記した書物であってもその中に「思想」などまで日本に持ち込まれるのを恐れていたというのはあります。たとえば医学の場合、「医者は患者の命を救うために全力を尽くすべき。」みたいなことが書かれていてもおかしくない。しかしそれは、「なぜ命が大切かというと、それは主がすべてをお作りになったからだ。」というようなキリスト教思想がちょっと混ざっているかもしれないし、あるいは「医者にとっては貴族も平民も同じ人間なのだ。命の重さに差はないのだ。」みたいなこと書かれていたら、身分制度が大前提となっている幕府にとっては迷惑です。

それに、外国の技術のうちの優れた部分を輸入したとして、その技術が日本全国に広まれば、やがては諸大名も優れた技術を手に入れることになります。それはやがて反乱のときに利用されてしまうかもしれないわけです。

それにそもそも、(ほぼ)鎖国をしていた幕府にとっては、現代みたいに外国との間で技術競争とか貿易競争とかしなくて済むので、わざわざ外国の進んだ技術とやらを輸入しなければならない積極的な理由がなかったというのもあるでしょう。

では次にモワッとしたほうを。
野球の試合なんかではよく「勝っている試合で選手交代とか余計なことするな。」ということを言います。せっかく好投していたピッチャーを替えたら、交代したピッチャーが大乱調で逆転負けした、みたいなことってそこそこあるわけですから、そうならないようにという戒めの言葉です。

それは幕府にとっても同じでして、この時代は些細な変化でも「反逆」みたいに捉えられていたみたいですよ。たとえば、めちゃくちゃ狭い田んぼしか持っていなくて極めて貧しい農家に優秀な息子が生まれたとします。で、現代なら「優秀な人材はぜひ社会で活躍して社会を豊かにしてくれ。そのほうが日本全体のためになる。」という考え方が大勢を占めていますが、しかし江戸時代は違ったようです。「どんなに能力があっても、極貧農家の息子はその家を守って極貧農家のまま一生を終えるのだ。でないと、身分の固定性が危なくなる。身分の固定性を否定するということは、めぐりめぐって、幕府や将軍の立場も危うくするということだ。」ということがなんとなくあったわけです。幕府や殿様にとってベストなことは、「ストップ!今この瞬間で勝負は終了!この状態で永久に固定!」っていうのがいいわけです。そういう人たちにとって、「能力さえあれば家柄とか関係ないんじゃね?」というのは、絶対に許せない考え方です。

だから、たとえば軍事演習なんかも江戸時代300年近くでほとんど変わっていないそうですよ。現代だと、わずか70年前の第二次世界大戦のときの兵器も作戦ももう全然通用しないのに、軍事政権であるはずの江戸幕府で何百年もの間軍事演習も武器もほとんど変わらなかったというのは、考えてみればものすごくヘンな話です。で、それは勝ち組が「世の中のすべてはこの瞬間でストップ!些細なことでも替えるな!そうすればオレたちは永遠に勝ち組!」というふうに考えたからです。

そんな彼らにとって、新しい技術なんかそもそも取り入れたくありませんからね。

質問した人からのコメント

2014/10/5 19:03:06

なるほど!りかいできました!ありがとうございます!!!^ ^

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