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チェチェン共和国はロシアからの独立を断念してる?

g19********さん

2015/3/922:00:59

チェチェン共和国はロシアからの独立を断念してる?

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abk********さん

2015/3/1306:01:13

結論から言うと、チェチェン共和国政府は現在独立を望んでいません、また独立を口にすると大変なことになりますし、二度にわたる紛争の結果、ほとんどの人々は平和を望んでいるというのが現状でしょう。
まぁ、チェチェン人に会ったら独立の話はしないに越したことはありません。


そもそも、紛争の原因はずばり部族対立です。チェチェンは幾つかの部族集団に分かれていて、イスラム教を信仰し、どの部族もかなり保守的です。

ざっとチェチェン紛争の概要をいうと
91年にソ連でゴルバチョフに対する共産党保守派のクーデターが起きます。当時のチェチェン・イングーシ自治共和国の大統領は特に反対もしませんでした。保守派クーデターが失敗したのを見るにつけ、ドゥダーエフの部族がクーデターを起こし、自治共和国の実権を握ります。
ドゥダーエフが独立を宣言すると、今のイングーシに住んでいる部族などが離脱をはかり、イングーシ共和国を創設します。
ソ連邦が崩壊し、ロシア連邦は翌年92年にイングーシ共和国の設立を宣言、イングーシ共和国はロシア連邦に合流します。しかし南オセチアと領域がかぶっていたため、オセット人との紛争が勃発しロシアは軍を送るはめになるなど、部族間対立が激しくなりました。
93年にドゥダーエフがチェチェン・イチケリア共和国の完全独立宣言をすると反ドゥダエフ派部族が反発しチェチェン暫定政権を宣言し紛争が始まり、ロシアの介入が始まりした。
94年にはロシアは爆撃をはじめるなど、本格的な戦争になりました。
ドゥダーエフは戦死し、96年にロシアとチェチェンは休戦し、その後休戦協定を結びます。
96年にはチェチェンでは選挙が行われ、反露穏健派のマスハードフが選出されます。その際、落選した反露急進派バサーエフが隣のダゲスタン共和国に攻め込み、モスクワで爆弾テロなどを行い、ロシア連邦はそれを協定違反とみなし進軍を開始し、事態は再びカオスに。
そんな中、同じく独立派であったものの、ワッハーブ派のイスラーム法解釈をする連中と敵対関係にあったアフマド・カディーロフがロシア連邦側に近づき、ロシアの協力な後ろ盾で「チェチェン共和国初代大統領」となり、独立戦争を否定し、反発する部族をあの手この手で沈黙させることに成功しますが、2004年に暗殺されてします。
現在「チェチェン共和国首長」となっているラムザン・カディーロフは、暗殺されたアフマド・カディーロフの息子さんです。

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