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19世紀の英国貴族は 何をしていたのでしょうか? どのような1日を 送っていた...

pot********さん

2015/6/421:06:47

19世紀の英国貴族は
何をしていたのでしょうか?

どのような1日を
送っていたのか知りたいです。

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usa********さん

2015/6/614:35:08

イギリスの世襲貴族は貴族院議員でもあったので、国会の時期(5月~7月)は領地からロンドンに移動します。
この時期を「社交シーズン(ロンドン・シーズン、ザ・シーズン)」と呼びます。
4月くらいから大移動が始まり8月くらいまでロンドンは賑やかになります。
この時期は毎日が舞踏会や観劇や晩餐会やお茶会で忙しいのなんのって。
それ以外の時期は田舎でまったり暮らしイベントといえばせいぜい狩りくらいの生活ですから、社交シーズンのハッチャケっぷりは凄まじいものがあります。

女性の1日のスケジュールは
9:00ごろ起床
9:30ごろ朝の衣装に着替えて公園に散歩(馬車や馬に乗ったままもアリ)
10:00ごろ家に戻って着替えて朝食
11:00ごろから手紙やもらったカードの整理、使用人との打ち合わせ
13:00ごろ着替えて昼食
14:00ごろ訪問着に着替えて色んな家へお宅訪問し挨拶周り(カード配り)
15:00ごろ散歩着に着替えて公園に散歩
16:00ごろ着替えて親しい人との社交
17:00ごろ着替えてお茶
18:00ごろ着替えて夜会(舞踏会、晩餐会、観劇など)へ
01:00ごろ帰宅し着替えて就寝
男性の場合は午後の訪問の代わりにクラブ(趣味の集まりなどの紳士の社交場)に顔を出します。

カード配りというのは名刺を訪問した家に置いて回ること。
元々はロンドンに来たことを告げたり領地に帰ることを知らせるためのものでしたが、次第に「交友関係を広げたり深めたりするため」に行われるようになります。
個性と品を表すカードのデザインは重要でした。

年頃のお子さんがいる貴族はその縁談のために奔走して大変です。
結婚相手を探す女性は片っ端から夜会の招待を受けて回り、時には舞踏会の掛け持ちなんかやったりしました。

使用人との打ち合わせというのは、自分が主催する晩餐会等の企画や招待客選びやドレス選びといったことを使用人と相談することで、奥様には重要な仕事でした。
使用人を上手く采配し自分主催の社交を成功させれば社交界で一目置かれるようになります。

着替えがやたらと多いのは、当時は「TPOに合わせて衣装を変える」ことがマナーとされていたから。
この例は多すぎにしても、だいたい1日5回は着替えることが求められていました。

一方領地ではひたすらヒマ、何もすることがない、友人が訪ねて来るのも稀。
そのため親しい友人などを招待して1か月の長逗留させ狩りやらハイキングやらのイベントを行いました。
19世紀後半になるとサイクリングやテニスなどのスポーツも加わりました。
鉄道が普及すると移動が楽になり、遠方への旅行が出来るようになりました。
避暑地に行ったり、海外旅行に行ったりも出来るようになります。
ただし旅行先でも社交が待ち構えています。

社交は重労働で貴族は分刻みのスケジュールをこなしていたのです。
でもこんな忙しかったのはイギリスがバブリーだった時代(大英帝国最盛期)だけです。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

ムーミンさん

2015/6/612:44:58

田舎暮らしを楽しんでいました。

http://
moomin815.blog40.fc2.com/blog-entry-90.html

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