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阪和電鉄に詳しい方へ、お願いしたく、質問します。 経営的に、どのようなものだ...

jnr********さん

2015/9/602:26:52

阪和電鉄に詳しい方へ、お願いしたく、質問します。
経営的に、どのようなものだったのでしょうか。
戦前のスピードチャンピオンだつたこの会社、経営の方は、どのような評価なのでしようか。

よろしくお願いいたします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

kua********さん

2015/9/602:45:28

回答しますね。
阪和電鉄は、京阪の資本提供を受けて設立された会社です。
当時の京阪は、積極的に鉄道経営、配電事業を行なっていました。
和歌山での配電事業の関係もあり、また新京阪電鉄等の鉄道事業に積極的な取組をしていました。
さて、経営の方は、「思い通り」に行かなかった、というのが見解です。
理由として。
①ライバル南海電鉄と比較して、山側の立地であり、海水浴客を取り込めなかった。
②そのため、収益源は天王寺~(東)和歌山の旅客争いに、終始してしまった。
③補助金収入で、黒字を出せる程度でしかなかった。
④国鉄の「紀勢本線」が、なかなか白浜まで開通せず、目論見の「白浜への旅客」が、思い通りにならなかった。(後で、南海と同時に「くろしお号」の運転となり、独占とならなかった。)
というのが、「経営が上手く行かなかった」という点です。
昭和恐慌による資金調達難もあり、鉄道事業以外の収入は上手く行かなかったこともあります。
技術やスピード運転(超特急。戦前で120キロ運転をしていた。)のは有名な話ですが、常に先行投資を行なって、事業計画通りの資金回収は、困難を極めたこともあります。この点、時代に翻弄されました。
株主配当金は、会社最後の時代にあったそうですが、運転資金は調達が困難を極め、木造車両を走らせたこともあります。
時代の犠牲者となってしまった会社であると、言えるでしょう。
メインバンクがなかったのも、鉄道会社としては残念な結果を招いてしまった、と言えるでしょう。
参考にしてください。

質問した人からのコメント

2015/9/6 02:50:55

昭和恐慌が、アダとなっていたことがわかりました。
偉大な夢をもちながら、報われなかった、時代の犠牲者だつたのが、よくわかりました。
ありがとうございます。

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