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日本史教科書の池田勇人内閣時に記載されている、GATT11条国に移行、IMF8条国に移...

kub********さん

2015/11/2021:42:15

日本史教科書の池田勇人内閣時に記載されている、GATT11条国に移行、IMF8条国に移行、。という箇所がわかりません。根本的にこの2つはなんなのか理解できていなく、調べてもいまいちわからないです。

深くでなく簡単に端的にどのようなものかだけ教えてください(u_u)お願いします。(汗)

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ベストアンサーに選ばれた回答

dea********さん

2015/11/2022:05:23

GATTとは、関税障壁や輸出量制限を取り払う協定です。
言ってみれば、現在のTPPの前身のようなものですね。

さて、第二次世界大戦後、日本は敗戦国で経済的に貧しい状態が続きました。
1955年に日本もGATTに参加することになったのですが、加入当時は12条国として扱われました。
12条国とは、「輸出時は関税・数量制限がかからないけれど、
輸入時には関税・数量制限をかける」ことが許された国です。
経済的に貧しい日本が貿易赤字にならないよう、ハンデを付けたのです。

その後、日本が経済成長を遂げ、1963年に11条国へ移行しました。
11条国は「輸入時に関税をかけてもよいが、数量制限は撤廃する」国です。
ハンデが緩くなり、日本が独り立ちし始めたのだと考えてください。


IMFとは、通貨を管理し、世界の為替相場を安定させる機関です。
GATTがモノ関連、IMFがカネ関連と考えてください。

1952年、日本はIMF14条国に加盟しました。
14条国とは、「国際収支が赤字であることを理由に、為替管理ができる」国です。
円高の際には輸出が縮小し、輸入が拡大することはご存知ですね?
つまり、円高では国際収支は赤字になるのです。

国際収支を黒字にするために、円の価値を下げるといったことを「為替管理」といいます。
GATT12条国と同じく、経済的に貧しい日本のために優遇措置を設けたわけですね。

さて、1962年に日本はIMF8条国に移行しました。
8条国は「赤字であっても、為替管理ができない国」です。
優遇措置が取り払われ、日本が大人の国になったというわけです。

質問した人からのコメント

2015/11/20 22:16:13

なるほど。(@o@)‼︎とってもわかりやすかったです。!甘やかしは終わったんですねー。すごい理解出来ました。これでテストも大丈夫そうです!ありがとうございました!!

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