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闇の宗教を広めようと思う。

諏訪 鈴太郎さん

2015/12/3021:53:34

闇の宗教を広めようと思う。

闇は光に対置される。光は善、闇は悪…だが悪に染まることで見えてくるものが確かにある。

闇は観念に過ぎないか?否、それは実在する。だが考える必要はない、ただ、信じよ…

闇を見よ

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osh********さん

2015/12/3122:45:56

善悪二元論ですね。

しかし何が闇で、何が光か?

闇は光ふりをするものでしょ?

この世では、神の側と自称するものが実は悪魔です。


光の側と自称するキリスト教の所業は、悪魔の所業でした。


●●●隣人愛としての原爆投下●●●●

プロテスタントの牧師キュンネト(Künneth)も、原子爆弾は隣人愛の為に使えると主張しました。それはあの広島・長崎原爆投下の十三年後の事でした。

イエズス会士のグンドラハ(G. Gundlach: Die Lehre Pius Xll zum atomaren Krieg, 1959) が法王ピウス12世の原爆戦争についての意見をまとめ、出版された書籍は「原爆戦争そのものは不道徳的ではありません。。。。どうせこの世は永遠には続き ません。。。我々人間は世の終わりには責任はない。。。神の摂理でそういう結果に導かれてしまいました。」等々カトリック教の悪徳とも言うべき内容です。


第二次大戦中、アメリカ合衆国のプロテスタントやカトリック教会の司教達も日本への原爆投下のために尽力した。1945年8月5日、パイロットが自分の母 親の名前を命名したB29爆撃機「エノラゲイ」がティニアン島から離陸する直前、牧師が、「あなたを愛する者の祈りを聞き届けてくれる全能の神よ、お願い です、あなたの天の高さに向け、我々の敵と戦う乗組員を守って下さい。。。これからも我々はあなたを信頼しながらこの世の道を歩みます。。。(全テキス ト: H. Gollwitzer "Die Christen und die Atomwaffen" 1957からの引用)」と祈りました。

キリスト教の神の助けにより7万人が広島で翌朝8時半即死しました。その後5年間に20万人の命が失われました。勿論、神様に感謝しました。彼ら、あのアメリカのクリスチャン達が。
冷戦時代、両教会は水素爆弾の開発や配置をも支持しました。




●パウロが、自分の手であいさつを書きます。主を愛さない者はだれでも、のろわれよ。主よ、来てください。。
(ルカ18章28-30節参照) はっきり言っておく。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子供を捨てた者はだれでも、この世ではその何倍もの報いを受け、後の世では永遠の命を受ける」




●パウロは愛せと言いながら異教徒には呪いをかけ、異教徒を憎み
ローマ5:6-11)御子を信じない者、御子を救い主として受け入れない者は怒りの日に裁かれるのです。
●ヨハネの福音書3:36.御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。』



●●●イエスを受け入れない異教徒イスラムは皆殺し●●●●

教皇ウルバヌス2世
「乳と蜜の流れる土地カナン」という聖書由来の表現をひいて軍隊の派遣を訴えた
この敬謙な十字軍の騎士達は血に酔って女性や子供を含むユダヤ人とアラブ人の市民すべてを、剣で刺し殺しました。約七万人の市民が犠牲になりました。目撃 者の記録によると、虐殺の後、血まみれになった騎士達は、幸せの涙を流しながら彼らの救世主イエス・キリストの墓参りをし、神に感謝しました。




十字軍
十字軍の遠征は約200年間続き、犠牲者は何百万人とは言わないまでも相当な数にのぼった。
1096年から1291年まで、法王の推奨によりパレスティナの「聖地」への十字軍遠征が七回にわたり行われました。この法王達のパレスティナの「聖地」 支配欲により、2千2百万人が犠牲者になったと推測されています(Hans Wollschläger "Die bewaffneten Wallfahrten nach Jerusalem") 。
1099年イェルサレムの征服後、この敬謙な十字軍の騎士達は血に酔って女性や子供を含むユダヤ人とアラブ人の市民すべてを、剣で刺し殺しました。約七万 人の市民が犠牲になりました。目撃者の記録によると、虐殺の後、血まみれになった騎士達は、幸せの涙を流しながら彼らの救世主イエス・キリストの墓参りを し、神に感謝しました。("Die Kreuzzüge in Augenzeugenberichten", dtv-Taschenbuch, 1971, 頁101


●●●●ユダヤ人はイエスを受け入れない悪魔である。●●●●●

ユダヤ人に対し聖書は悪魔から生まれたと言っている。
ヨハネの福音8章 44節」
あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、
その父の欲望どおりを行おうと思っている。
彼は初めから、人殺しであって、
真理に立つ者ではない。彼のうちには真理がないからである。
彼が偽りを言うとき、いつも自分の本音をはいているのである。
彼は偽り者であり、偽りの父であるからだ。

マタイによる福音書27:25
「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」


4世紀以降キリスト教会は神殺しの民としてユダヤ人の迫害を繰り返してきました。

キリスト教がローマの国教となるとユダヤ教会には「セクタ・ネファリア」(邪悪な宗派)という刻印が押された。

キリスト教会の主張に従ってビザンチン帝国は次々と反ユダヤ法を制定したのです。
ユダヤ人嫌悪はキリストを十字架にかけた人々の子孫を世に残すことは神意に反するとして正当化されたのです。

十、十一世紀になるとキリスト教神学に基づく戦闘的理念を形成し始めると教会が培ってきた反ユダヤ主義は現実的迫害に転化し始めたのです。、千九十六年十字軍はイスラム教に対する敵意だけでなく、最初から「キリストの殺害者ユダヤ人に対する「復讐」を誓っていたのです。
ルーアンでユダヤ人を襲撃した十字軍は次々とユダヤ人コミニィティーを襲い、虐殺と略奪を重ね、生き残ったユダヤ人に改宗を強要しました。数万人の規模で殺戮されたようです。


ゲットーに閉じ込めユダヤの星をつけさせたのはナチスが初めではありません。

一二一五年第四ラテラノ公会議で、ユダヤ人とキリスト教徒の性行を禁止するため、ユダヤ人は自分がユダヤ人であることを示さなくてはならないと定められた。この決定に従って「恥辱のバッチ」の制度が始まった、

●男性も「男性の魔女」ともいうべき形で含まれる。
魔女の概念は当時のヨーロッパを覆っていた反ユダヤ主義とも結びつき、「子供を捕まえて食べるかぎ鼻の人物」という魔女像が作られていった。魔女の集会がユダヤ人にとって安息日を意味する「サバト」という名称で呼ばれるようになるのも反ユダヤ主義の産物である・

魔女狩りも多くはユダヤ人を対象に行われたものでした。

●男性も「男性の魔女」ともいうべき形で含まれる。
魔女の概念は当時のヨーロッパを覆っていた反ユダヤ主義とも結びつき、「子供を捕まえて食べるかぎ鼻の人物」という魔女像が作られていった。魔女の集会がユダヤ人にとって安息日を意味する「サバト」という名称で呼ばれるようになるのも反ユダヤ主義の産物である・




ルターが晩年「ユダヤ人と彼らの嘘」

1、 シナゴーグやイェシーバーを、跡形残らず徹底的に焼き払うべし
2、更にユダヤ人の所有する家をも打ち壊し、所有者を田舎に住まわせるべし
3、宗教書を取り上げるべし
4、ラビの伝道を禁じ、従わないようであれば処刑すべし
5、ユダヤ人を撲滅するための方途を穏便に実行すべし
6、高利貸しを禁じ、金銀を悉く没収し、保管すべし
7、ユダヤ人を農奴として働かせるべし
第二次世界大戦以降、学問の分野で支配的となった見解[4]は、本論文が宗教改革からホロコーストまでの数世紀において、ユダヤ人に対するドイツ人の態度に少なからぬ影響を与えた、というものであった。




● ●●●● ●ピューリタンによる聖絶●●●●

1620年にイギリスからアメリカへ移り住んだ(清教徒)の半数は最初の年の冬を越せずに亡くなっていますが、彼らを全滅から救ったのがインディアンです。

だが、ピューリタンは自分たちを新ユダヤ人と称し、聖書を引用しながら、

新大陸を約束の地カナンとして、北米の先住民を神の許しのもとに殺戮しました。1600万人の北米インデアンが殺戮され、ほぼ人種絶滅につながりました。
2000年前のことではないのです。聖書の文言が神の言葉とされる限り、状況によっては今後も繰り返されることなのです。
ジョージ・ワシントンは、イロコイ族絶滅作戦を指揮し、「彼らを徹底的に根絶やしにするように」と指令した。ワシントンは兵たちに、殺したインディアンの皮を剥ぎとらせ、軍装の飾りにさせた。



●●カトリックのインデオ殺幾●●
インデオ虐殺1000万人
キリスト教徒のインディオ殺しは残酷で、例えばインディオを13人ずづ絞首台にかけ下からは小さい火を燃やし、絞め殺すと同時に焼き殺したのです。何故 13人ずつかと言うと、救い主のイエスキリストと12使徒の名誉のためでした。また、インディオの子供の頭を岩や木に投げつけ、生きたまま犬の餌にしまし た。こういた「立派な」行為を熱心に書き留め、その記録をスペイン宮廷に送りました。

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ouk********さん

2015/12/3117:30:24

スターウォーズの見すぎです。多分

編集あり2015/12/3118:01:05

闇の中だからこそ見えてくるものがある。

それが『光』。
光の正体は『神』。
苦しみの中に身を置いてこそ見えてくるものが『神』。

そして闇は光に勝てなかった。

闇を知ったからこそ神を知った私ですが…、
神は信じても、闇は信じません。
…自分がまず『闇』だし。

2015/12/3111:33:00

心の葛藤は誰にもありますが、どちらが勝つか傾向性が
あるかで、その人の幸不幸が、善果が得られる、
日蓮正宗の信心をして朝夕に心を磨けば、傾向性は善に
傾き、知らず知らずに幸福の方向へと向かいます。

iki********さん

2015/12/3100:58:19

闇の宗教なら創価学会というのが広まってるでしょ

sin********さん

2015/12/3100:56:45

裏と表で裏があり表とどちらが欠けても成立しないバランスの取り方が難しい、その時々なの時の流れ具合をよく読み取る能力を大切に

闇と光 先ずは自己理解がどれだけバランスよく出来るかがキーポイント

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