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明治天皇、大正天皇、昭和天皇はいずれも大元帥陛下でしたが、この3人を武人として...

tkt********さん

2016/5/2619:15:13

明治天皇、大正天皇、昭和天皇はいずれも大元帥陛下でしたが、この3人を武人として評価するならどのように順番付けられますか?
勝敗の結果というよりは大元帥としての心構えとか人格で評価を

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ベストアンサーに選ばれた回答

mr_********さん

2016/5/2619:43:00

そんなもん何もありません。

3人ともただの神輿だった。

昭和天皇に至ってはやる気無かった
としか思えません。

明治憲法下の天皇(大元帥)は
本気になれば
太平洋戦争を阻止できました。

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ベストアンサー以外の回答

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oda********さん

2016/5/2918:19:37

評価かニャ・3名共馬鹿たれだ象さん・今のテンスケ・交代氏もニャ・無能無策の田和家である→話にならん・・信長。

2016/5/2916:43:34

お三方の陛下の時代は、それぞれで
日本を取り巻く世界情勢も、また陛下のお取り巻き(家臣)の質も顕著に異なります

また、大正天皇はご病弱でした

明治天皇は、まず非常に有能で優れた多くの「家臣」に恵まれています
日本が国家としても、急速に伸びていく時代であり、日清、日露などの初の外国のしかも大国相手の戦争でも、戦勝となる結果を得られたのは、日本国の「運」も良かったと思います

昭和天皇の時代は、時代背景も、周辺環境も、厳しい時代です
列強国から、日本は目をつけられ(=日本国は、アジアの他の従属国家(植民地支配を甘んじる国)とは異なり、強い国家として警戒される)、ABCD包囲網の窮地の中で、米国からは、日本が一独立国家として存続不可能となる崖っぷちまで追い詰められたのです

取り巻きに関しても、ニ・ニ六事件もありましたし、明治天皇と比較すれば、昭和天皇のほうは、多くの良い家臣ばかりに囲まれていたとは、言い難いと思います

ですから、一概に並べて比較はできませんが

日本人として知っておくべきなのは
昭和天皇が、大東亜戦争(=太平洋戦争の正式名称)敗戦後の
GHQマッカーサーとの初会談で、

「ご自分の命と引き替えに、日本国民を救って欲しい」

このようにおっしゃられたお振る舞いは、
昭和天皇は、君主として、お見事です
(敗戦した側の君主の大抵は、命乞いか逃亡です)

こういったことから(当方の観点で)
軍配を上げるなら、昭和天皇です
以下、ご参考まで





1、同席したバワーズ通訳官の証言があります

(動かぬ証拠)
http://nicogame.info/watch/sm22667262


2,マッカーサー自身の記述
マッカーサー自身が書いた文章です

昭和天皇は日本最上の紳士だ。マッカーサーが骨の髄まで感動に揺すぶられた瞬間
https://youtu.be/yt1H-7IjJjk

『マッカーサー回想録(DOUGLAS MacARTHUR Reminiscences)』(上・下)
ダグラス・マッカーサー著 津島一夫 訳 朝日新聞社発行 昭和39年 (定価上下各480円)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~SHUJI/books/mac.htm


(英語の原文)マッカーサー回想録より

What he said was this: ‘I come to you, General MacArthur, to offer myself to the judgment of the powers you represent as the one to bear sole responsibility for every political and military decision made and action taken by my people in the conduct of war’.
” A tremendous impression swept me. This courageous assumption of a responsibility implicit with death, a responsibility clearly belied by facts of which I was fully aware, moved me to the very marrow of my bones.
“He was an Emperor by inherent birth, but in that instant I knew
I faced the First Gentleman of Japan in his own right.”

(日本語の翻訳)

天皇の口から出たのは、次のような言葉だった。「私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためおたずねした」
私は大きい感動にゆすぶられた。死をともなうほどの責任、それも私の知り尽している諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じとったのである。

お三方の陛下の時代は、それぞれで
日本を取り巻く世界情勢も、また陛下のお取り巻き(家臣)の質も顕著に異なります...

hayzimonalfaさん

2016/5/2620:19:34

明治天皇はある程度指導者でした、日露戦争に際しては広島に大本営を置いて戦争の指揮を取ってました
大正天皇は病弱でした、大臣認証式の間、立っていられない位だったそうです
昭和天皇は名目だけ、大正の間、第一次世界大戦に参加、ドイツの基地を攻略した功績でマーシャル群島、マリアナ諸島を含む太平洋海域を委任統治として与えられ、それで国富が増大した事が軍部を増長させ指導権が軍部の物になってしまい
其れを取り戻すことが出来なかったのでした、結局、天皇には政治力がなかったのでした

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