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本日(24日)放送の真田丸で慶長伏見地震のシーンの前に「原因不明の灰が降った」と...

aru********さん

2016/7/2422:03:23

本日(24日)放送の真田丸で慶長伏見地震のシーンの前に「原因不明の灰が降った」というナレーションとシーンがありましたが、アレは真田丸オリジナルの演出だったんですか?

それとも本当にあ

の辺りで降灰があったのでしょうか、慶長伏見の前日に大分 熊本近郊で大地震があったとWikipediaには書いてあったのですが「灰が降った」とは書いてありませんでした。

もし前日に九州で起きた地震で阿蘇山が噴火したとして京都や大阪まで灰が流れて来るんでしょうか?

どなたか真相をご存じ方いらっしゃいませんか!?

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tes********さん

編集あり2016/7/2517:55:42

醍醐寺座主義演の『義演准后日記』には、「文禄五年六月二十七日正午より京で土器の粉のようなものが雨のように四方を曇らせて降り始め、草木に積もって大地は霜の朝のように白くなった。降り積もった灰は少なくとも二日後まで観察できた」とあります。
公卿の日記『舜旧記』『孝亮宿禰日次記』にも同様の記録があり、宣教師の記録にも「この灰は大阪と堺にも降り、空は日食のように暗くなり、京と伏見の降灰は終日続いた」とあります。

文禄5年には三連動の地震が起こりました。文禄5年10月には慶長に改元されており、文禄5年と慶長元年は同じ1596年です。

・文禄5年閏7月9日「慶長伊予地震」M 7.0。
震央愛媛県、四国を走る中央構造線断層帯での地震と考えられています。
・文禄5年閏7月12日「慶長豊後地震」M 7.0〜7.8。
震央大分県別府湾口、死者710人、別府湾にあった瓜生島と久光島の2つの島が沈んだとされており、大分県を走る別府・万年山断層帯での大陸プレート内地震と考えられています。
・文禄5年閏7月13日「慶長伏見地震」M 7 1⁄2±1⁄4。
震央京都府、京都や堺で死者1000人以上。伏見城の天守閣や石垣が損壊。余震は翌年春まで続き、淡路島〜神戸〜大阪北を走る六甲・淡路島断層帯での直下地震と考えられています。

さらに、慶長伏見地震の2日後、京では火山毛が降りました。『義演准后日記』には「その毛は馬の尾に似ており、長さは五、六寸から一、二尺。色は白、黒、赤であった」と書かれており、火山毛とは火山噴火時に粘性の小さいマグマが火口内で細長く引き伸ばされたものです。

火山灰と火山毛の出どころですが、 文禄5年5月5日に浅間山が噴火しており「噴石により死者多数」と記録があります。
その他には、白山(1582年、1599年)、霧島(1596年、1598~1600年)、阿蘇(1592年、1598年)の噴火の記録がありますが、史料が18世紀以降のものなので確実ではないようです。

1779年安永桜島噴火の際に、奈良県や長野県に火山灰が降った記録があるように、九州の火山噴火によって火山灰や火山毛が畿内に降る可能性はありますが、確かな記録はなく、1596年に浅間山が噴火したのは確実ですが、東から西に火山灰や火山毛も降ったとなるとどうなのでしょう。
季節は夏なので、日本上空の風向きから、浅間山の噴火によって京に火山灰や火山毛が降ったと考えていいのでしょうか。

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joy********さん

2016/7/2501:55:31

白い砂のようなものが降った記録は、義演准后日記、孝亮宿禰日次記、舜舊記などにあります。

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