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元大洋の竹内広明投手を知ってますか?

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ID非公開さん

2016/7/3018:13:51

元大洋の竹内広明投手を知ってますか?

1972年

イースタン・リーグは十五日、千葉県市原市営球場で開幕したが、第一試合、大洋ーヤクルト戦で大洋・竹内投手が完投勝ち、被安打2、奪三振8の快投をみせ注目された。試合開始前から降り出した雨が横なぐりの風とともに本降りになった。そんな最悪なコンディションの中で大洋期待のルーキー、竹内は顔色ひとつ変えず、生き生きとしたピッチングをみせた。調整のため、ファームの試合に参加した内田をはじめ、八重樫らパンチのあるヤクルト打線相手に味方内野陣のミスなどで3点はとられたが、八回までわずか二安打、余裕たっぷりの完投勝ちだ。「変化球は覚えなくてもいいから、外角低めへまっすぐでストライクをとれるようにしろといわれている。でも、コントロールが甘いし、ときたま気を抜く悪いクセが出ちゃって・・・」「被安打2」のかわりに7四死球。コントロールの話になるとペロリと舌を出す。だが、この日は速球に加えて縦、横の二種類のカーブで打者の目先を変えてみせるなど、進歩のあとがみられた。一時は投手陣の柱になる存在とまでいわれたヤクルト・西井が単調なピッチングで7失点とられたのとは大違いだ。稲川コーチも「いますぐにでも一軍で投げられるだけのものはある。きょうは一番ボールが速かったし、まっすぐ落ちるカーブもマスターするなど、進歩のあとがピッチングにあらわれているのがいい。あとはもっと足腰を鍛えてコントロールを身につけることだ。でも、この分だと予定より早く一軍へ送り出せるかもしれない」と一歩一歩、完成に近づく目玉商品のできばえに目を細めている。あこがれの平松のピッチング・フォームは目をつぶると鮮明に描き出せるというほど、平松、平松で明け暮れる竹内。「あれくらいバック・スイングのとき腰がためられればいいな。でも、ぼくも駆け引きなどだいたいわかるようになったし、スピードも出てきたと思う。早く一軍にいきたい。最近一軍で投げる夢をよくみるんですが、いつもこてんぱんに打たれてばかりいる。まず夢の中で完封してみなければ・・・」いうことはまだあどけないが、言葉のはしばしにファームではもの足りないといったニュアンスをほのめかすところなど、やはり大物だ。

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kur********さん

2016/7/3020:53:12

竹内広明投手

1972年
・まだ無邪気さのいっぱい残る童顔。ちっちゃなエクボを浮かべて笑うのが竹内である。「大学に行きなさい」と、おジイちゃんは反対したが、本家の竹内憲司さんが「広明の好きなようにしなさい」と大洋入りを認めてくれた昨年12月、うれしくて目を真っ赤にし涙を浮かべて、おジイちゃんの家から駆け戻った竹内だった。
大洋の先輩エース・平松に劣らぬ純情可憐な美少年ーーーー。「とにかく、女生徒のファンが多くて・・・。甲子園大会前になるとファンレターはみんな僕が預かるんですが、すごいですよ」というのは深谷商業・赤坂監督。「お世話になった人たちにお礼状も出してませんでしたから、プロ入団の挨拶もかねて・・」という年賀状が3千枚、「竹内広明」の名前で出されたというから、このあたりも「平松二世」の名に値する。この性格の良さは、もちろん両親、普段の生活環境からきたもの。前述のおジイちゃんが、実家のある群馬県多野郡新町、この近辺随一の資産家。父親の忠さんは新町の繁華街で「竹内スポーツ用品店」を経営している。経済的にも何不自由なく暮らせる上に、両親の性格も明朗そのもの。その血筋を引いた広明君。血筋といえば運動神経そのものも両親譲り。父親の忠さんは中学時代スプリンターとして鳴らし国体に出場した経験を持ち、母親の和子さんもスキー、水泳が得意。広明君だけでなく、兄の淳志君は今、日大の野球部員、弟は今春、広明君と入れ替わりに深谷商に入学の予定だ。恵まれた環境で育ちながら負けん気は滅法強い。右肩の痛みをこらえて登板した昨夏の甲子園のマウンドは記憶に新しいところだが、この気持ちの強さがピッチングにも現れている。高校時代の勝負球は決まってインハイのストレート。高校2年春に投手転向後、練習試合を含め70勝7敗、この間、実に150イニング自責点ゼロの記録も含まれる。深谷商業の恩師・赤坂監督は「くどいようだが、広明君には何も指導することがなかった。甲子園大会では体調不良で力を出し切れなかったが、調子のいい時の球は手がつけられないほど速いんですよ。外角球はナチュラルにスライダーするし、速球はプロでもすぐに通用するはず」といい切るほど。「あとは微妙なコントロールと、もう一つ何か球種を・・」というのが唯一の注文とか。今年入団のルーキー投手、「竹内が一番早く出てくるのでは・・・」と他球団のスカウトもいい、大洋・森球団社長は「フォームが実にいい。うちは投手が不足はしてないが、案外早く働いてくれそうだよ」と期待をかける。昨夏、痛めていた右肩もすっかり治り新春早々、ダッシュ、7キロマラソン、山登りと近くの練習場で早くもトレーニングを開始した竹内。1972年、最大のホープであることは間違いないようだ。

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質問した人からのコメント

2016/7/30 21:06:31

最高です~~~

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lov********さん

2016/7/3018:18:24

深谷商で甲子園出場の投手で大洋の1位指名だったような。
現役時代は、覚えていません。

san********さん

2016/7/3018:16:26

知らなかったです勉強になりました。

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