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おじろくとおばさについて 長野県天龍村だけの慣習だったのですか?

pcg********さん

2016/7/3113:14:12

おじろくとおばさについて
長野県天龍村だけの慣習だったのですか?

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shp********さん

2016/7/3118:50:33

旧長野県神原村(現下伊那郡天龍村神原)以外にその風習があったかどうかは確認できませんでしたが、当時の我が国の山深い寒村では、似たような風習はおそらく存在したと思います。
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/touch/20131023/1382485574

>耕作面積の少ない山村では農地の零細化を防ぐために奇妙な家族制度を作った所があった。長野県下伊那郡天竜村では16-17世紀ごろから長兄だけが結婚して社会生活を営むが他の同胞は他家に養子になったり嫁いだりしない限り結婚も許されず、世間との交際も禁じられ、一生涯戸主のために無報酬で働かされ、男は「おじろく」、女は「おばさ」と呼ばれた。家庭内の地位は戸主の妻子以下で、宗門別帳や戸籍簿には「厄介」と書き込まれていた。かかる人間は家族内でも部落内でも文字通り疎外者で、交際もなく村祭りに出ることもなかった。

http://urban-legend.tsuvasa.com/ojiroku-obasa

>16~17世紀頃から始まったとされる「おじろく・おばさ」制度だが、もちろん現在の神原では、このような制度は存在しない。明治5年には人口2000人の村に190人、昭和40年代に入って3人の「おじろく・おばさ」が生きていたという。

この辺りの状況を報告しているのが、『精神医学』1964年6月号に掲載された近藤廉治のレポートである。

近藤は、現存していた男二人、女一人のおじろく・おばさを取材し、彼らの精神状態を診断している。

普段の彼らにいくら話しかけても無視されるため、催眠鎮静剤であるアミタールを投与して面接を行った。

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