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大河ドラマの真田丸で淀殿が片桐且元に言った言葉で、且元は度胸や知恵が回らぬみ...

got********さん

2016/10/1200:29:00

大河ドラマの真田丸で淀殿が片桐且元に言った言葉で、且元は度胸や知恵が回らぬみたいな事を言いましたがあれって周りもそうですが職場イジメに聞こえて、片桐且元に対して理不尽に聞こえませんか。

豊臣家を去って正解だと思いました。

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tes********さん

2016/10/1207:15:11

淀殿は「私は且元をよう知っている。この者はそのようなことをする男ではありませんよ。且元にはそのような策を立てる度胸も知恵もない。」と歯に衣着せぬ物言いで場を治めました。

これは夫の死によって同族会社の社長を継いだ妻が、血眼になって会社の立て直しに苦悩している番頭を、数を頼みに吊るしあげているだけです。

片桐且元は「気がついたら私ひとりになってしまった」と真田信繫に吐露していました。
豊臣秀吉が秀頼の傅役につけたのは、片桐且元、石田正澄(三成の兄)、
石川光吉(信繁正室の叔母の夫)、石川一宗(三成の義弟)の四人でしたが、関ヶ原の合戦で西軍についた三人は自刃、改易、処刑されており、秀頼に敗戦の責任が及ぶところを、片桐が摂津・河内・和泉の大名として体面を保てるよう家康にとりなしたのです。

政治と軍事を回せるのは片桐だけになっているのに、淀殿は秀頼の生母というだけ、大蔵卿局は乳母というだけ、大野治長はその子というだけで、切迫している現状から目を逸らし、片桐に全責任をなすりつけています。

片桐が大阪城を追われると、領地経営を行える者がいなくなり、大坂冬の陣で和議が成立してから、大坂方は家康に金の無心をしています。
奉行職の片桐を追い出したのはお前達だろうと、家康も呆れたそうです。

質問した人からのコメント

2016/10/18 13:13:22

片桐且元はついていないです。

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shi********さん

2016/10/1406:02:20

淀殿に人を見る目があったら、違う未来が
待っていたのかも。

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