ここから本文です

スペインとポルトガルが世界を二分にしたトルデシリャス条約とサラゴサ条約 名...

de_********さん

2016/11/1112:55:47

スペインとポルトガルが世界を二分にしたトルデシリャス条約とサラゴサ条約

名城大学の池上彰 教授は、九州はポルトガル、九州以外はスペインと言っていましたが、

茂木誠は日本はスペイン と、言っていました。

どちらが正解なんですか?

閲覧数:
161
回答数:
1

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

cyc********さん

2016/11/1120:39:29

当時、まだ正確な地理が分かっていない状態だったため正解など無いです。当時、関心があったのはモルッカ諸島とその周辺だけで、サラゴサ条約はモルッカ諸島より東に1,763 kmまたは17度という適当なもので、現在の地理知識では、青森あたりとなるため当時の日本のほとんどがポルトガル側に入ります。

しかし、1542年にカール5世は明らかにこの線より西のフィリッピンの領有を宣言しているので有名無実になっていたってことです。なお、日本にポルトガル人がやってきたのは1543年ですが、一応、自分の縄張りとの意識はあったでしょう。

もっとも、トリデシリャス条約とサラゴサ条約は二国間の条約で他の国は関係ないし、カナリー諸島より北の欧州と同じ緯度の地域は対象外だったんですけどね。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる