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①1886年には約7万5000人以上だった工場労働者が、1909年には約81万...

yaj********さん

2016/11/1715:53:12

①1886年には約7万5000人以上だった工場労働者が、1909年には約81万人まで増加した
②1886年においては製糸業に従事する工場労働者が最も多く、全体の三割以上を占めていた

③1886年から1909年まで、織物業に従事する工場労働者の比率が二倍以上に増加した
④1900年当時の工場労働者の大部分は男性だった
⑤アメリカの労働運動の影響を受けた高野房太郎らが労働組合期成会を結成し、労働運動の指導をおこなった

以上の中から誤っているものを教えてください。また、その理由も教えてください。

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ベストアンサーに選ばれた回答

lan********さん

2016/11/1715:55:09

④じゃあないかな、製糸業の工場は女工が多かった、つまるところ男性が大部分を占めたとは言えない気がするね。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

end********さん

2016/11/1815:10:12

○①1886年の工場労働者は7万4956人(7万5000人以上というのは以下の誤りでは?) 1909年には80万9480人。

○②1886年の製糸業に従事する工場労働者は35.7パーセント。

○③織物業に従事する工場労働者の比率は1886年7.2パーセント、1909年15.7パーセント。

✖④産業革命の中心となった繊維産業部門の労働者は、大部分が女性であり、重工業や鉱山部門では男性労働者が多かったが、全体として女性労働者の比重が大きかった。1900年の統計では、民間の工場労働者数は38万8296人で、そのうち繊維産業の労働者が23万7132人と60パーセント以上を占め、その約88パーセントが女性だった。

○⑤1897年(明治30)4月、高野房太郎、職工義友会結成→7月、労働組合期成会に改組。

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