南京事件の議論でよく 「捕らえた便衣兵あるいは私服に着替えた逃亡兵は、そのまま裁判をせずに処刑してよい」との主張を見かけますが、 これは常識的に考えて無理がありませんか? なんの

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全くのトンデモ回答は無視して… >誰が兵士かなんてわかんないもん。気付かなかったらこっちが殺されるわけだし。 中島今朝吾日記 「大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたるも千五千一万の群衆となれば之が武装を解除することすら出来ず唯彼等が全く戦意を失いゾロゾロついて来るから安全なるものの之が一旦騒擾せば始末に困るので」 手間を厭わず武装解除さえしたら「こっちが殺される」訳はないです、完全に… メンドクサイから処刑してもOK…ですかね。 沢田氏が受けた「整然と降伏した中国軍」の処刑命令は? 歴史は、想像ではなく、きちんとした史料に基いて議論するものでは? >おとなしく、捕まった中国兵は誰もいないと考えるべきです。 「誰もいない」は間違い。 >裁判を省略して殺したのであれば、これは、虐殺です。 その前に「軍服を脱いで逃げようとした」ら死刑が妥当か?の議論が必須。 佐藤和男もさすがにそうは言ってないと思うが…

ThanksImg質問者からのお礼コメント

とても詳しくありがとうございました。 他の方の参考にしていただけるよう BAにさせて頂きます。

お礼日時:2017/2/5 21:32

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無理はないと思うけど 原剛著『いわゆる「南京事件」の不法殺害』 「しかし、軍法会議・軍律会議とも本来少人数の違反者を対象にしたもので、多数の捕虜集団や便衣兵の集団を裁判しあるいは審判することは能力的に不可能であった。予想もしない大量の捕虜・便衣兵が発生してこれに対応できなかった点は斟酌すべき面もあるが、だからといってこれが合法であったとは言い難い。」 原剛は【だからといってこれが合法であったとは言い難い】と述べてるが、国際法学者の田岡良一博士はこのような見解である。 『国際法Ⅲ』より 「戦争法規は戦時に通常発生する事態における軍事的必要のみを考慮して、その基礎の上にうち建てられたものであるから、より大きい軍事的必要の発生が法規の遵守を不可能ならしめることは実際に必ず生ずる。この場合に法規は交戦国を拘束する力を失う。」 原剛は「多数の便衣兵集団を裁判、審判するのは能力的に不可能」 田岡博士は「法規遵守を不可能ならしめることが起きた場合、この場合に法規は交戦国を拘束する力を失う」 『「南京事件」笠原十九司著 岩波新書』より一部引用 「上の写真(毎日新聞提供写真)は5000~6000人ということですから、規模的に見て12月16日に歩兵第7連隊が行った便衣兵摘出の光景と考えられます。安全区で外見的特長から摘発された容疑者は、安全区の外側に集められ憲兵による取調べを受けています。毎日新聞のキャプションでもこの集団は「正規兵」となっていますから、摘出されたほとんどの者が客観的に兵士に見えたということでしょう。 写真手前側の男が上着の胸をはだけて取調べを受けているのが分かります。 軍隊から支給された下着かどうかのチェックだと思われます。 兵士の多くは坊主頭だったそうです。実際にこの写真で判別できる範囲の人間も、ほとんどが坊主頭であることが確認できます。これにヘルメット焼けや、銃ダコの有無、その他の身体的特徴が重なった場合は「兵士」と考えたようです。 南京に避難した住民の多くは貧困層で、首都防衛にあたって大規模な徴兵が行われた事などを考えると、上記写真に写っている男性が「一般市民」である確率はかなり低いと考えてよいでしょう。(南京市民で徴兵された者も、徴兵された以上は兵士であり、安全区に家族がいて無実を訴えたとしても市民としては扱われない) 実際に現場にいた毎日新聞の記者も「多数の一般市民」とは記しておらず、逃亡を企てた正規兵とキャプションをつけています。ということは客観的にみて便衣兵の摘出は概ね妥当に行なわれたと考えてよいでしょう。誤認逮捕がまったくないという証明はできませんが、一般市民が多数混ざっていたという根拠はありません。」引用終わり 笠原にしては珍しくマトモなことを述べている(笑) >安全区の外側に集められ憲兵による取調べを受けています。 「取調べ」すなわち「審問」をしてたことは間違いないだろう。 偕行社『南京戦史』より一部引用 「査閲の方法は、第十六師団参謀長・中沢三夫氏の『極東裁判における宣誓供述書』によれば、 「日支合同の委員会を構成し日支人立会の上、一人宛審問し又は検査し、委員が合議の上、敗残兵なりや否やを判定し、常民には居住証明書を交付し、敗残兵と認定された者は之を上海派遣軍司令部に引き渡した」 ということであるが、師団副官・宮本四郎氏の遺稿によると、捜査にあたった司令部の大行李長・瀬戸大尉の話として 「ズボンをまくりあげさせ、短ズボンを穿いていた奴は太股に日焼けの横線がある。此奴は兵隊である。・・・・・・紛らわしいのは逃亡兵の方に入れる。それが逃亡兵でない時は、本人が言い張るばかりでなく、難民区から見に来ている男女中国人が、この男は何町の呉服屋の店員だとか、これは私の妹の子供だと泣きすがって哀願する婆さんが現れたりして、決着がつく」と記している。 また、兵民分離査問に立会した内田義直氏(陸軍省通訳官・第十六師団警備司令部配属)は、その実態を次のように述べている。 「中国人の言葉には地方訛りがある。南京を守備した中国軍は、広東、広西、湖南の兵隊で南方訛りであって、言葉で兵隊と市民の区別は難しかった。しかし、体つきを見れば兵隊と一般市民とは、直ぐ区別がつく。自治委員会の中国人と一緒に相談しながら分離作業をやったので、一般市民を狩り立てることはなかった。上着だけが民間服で、下着が兵隊服のものが多く、すぐ見分けがついた。」引用終わり ここでも、審問をしてたことは間違いないだろう。 >自治委員会の中国人と一緒に相談しながら分離作業をやったので、一般市民を狩り立てることはなかった。上着だけが民間服で、下着が兵隊服のものが多く、すぐ見分けがついた。 だそうだ。 これならアホ左翼でも理解できるだろ? そもそも日本の官憲が審問を全くしてなかったという根拠は何だ? 審問をしていたという根拠ならあるぞ。 >>これは常識的に考えて無理がありませんか? お前の言う「常識」とは何だ?

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我々の日本政府は、松井大将を戦犯ではない、としています。 我々の日本政府は、谷中将も戦犯ではない、としています。 その事を我々は、忘れてはいけません。 南京事件は、無罪。 これが日本政府の立場です。 マンガ 幻冬舎 小林よしのり氏の戦争論2巻 227ページから引用します。 こうして昭和28年8月遺族援護法が改正され、 旧敵国の軍事裁判で有罪とされた人は 日本の国内法では罪人とみなさないという判断基準が明確に示され、 遺族に年金と弔慰金が支給される事になった。 以上 戦犯には、年金も弔慰金もありません。 遺族援護法の改正によって、 旧敵国の軍事裁判で有罪とされた人は 日本の国内法では罪人とみなさないという判断基準が明確に示され、 遺族に年金と弔慰金が支給される事になった。 これは、歴史的事実で、疑問の余地がないのです。 マンガ 幻冬舎 小林よしのり氏の戦争論2巻 228ページから引用します。 A級もBC級もない。 連合国が裁いた戦犯は罪人ではない。 それが法律上の正答であり、 当時の日本人全員の合意であり、 殉難死者を靖国神社に祀るのは当然である。 誤解されやすいのだが、 誰を祭神とするか選定しているのは靖国神社ではない。 終戦までは陸軍省海軍省が、 終戦後は厚生省が戦没者を個別審査して 祭神名票を作成 靖国神社はこれを受理して祭神一柱ごとに 霊爾簿を作り合祀する。 いわゆるA級戦犯も全くこの手続きどおりに 厚生省から 祭神名票が送られ合祀された。 以上 松井大将も谷中将も 厚生省によって、神として靖国神社に祀られたのです。 厚生省がやってるんだから、 日本政府が神と認めたという事でしょ。 左翼のデマその1 南京攻略軍総司令官・松井石根大将、東京裁判で死刑直前に花山信勝教戒師に語ったコメント 本当はこうだった南京事件 板倉由明 第9章 松井大将涙の訓示の錯誤 9章全部がこの話しなんですが、結論を簡潔に書きましょう。 松本重治氏が松井大将は泣いた、と、書いた訳です。 2月8日の慰霊祭を12月17日として間違って書いた。 松本重治氏も間違いを認めた。 入城式のあと、慰霊祭はなかった。これは、確認された事実です。 松本重治氏の誤報を読んだ、花岡信勝氏がホラ話しをでっち上げたのです。 左翼のデマその2 軍司令官、師団長として戦った澄田睞四郎中将の回想 澄田睞四郎中将は、南京戦に参加していません。 学問的に証拠能力がゼロです。 左翼のデマその3 陸軍省人事局長・阿南少将(のち大将、陸軍大臣)南京視察メモ 「皇軍の一大汚点なり。強姦、略奪絶えず」 おやおや、殺人とか、虐殺がありませんねー。 これこそ、南京で、虐殺や殺人がなかったという動かぬ証拠なのです。 kouyouchinbutaiさんは、こう反論するでしょうか? 「婦人方面、殺人、不軍紀行為は国民的道義心の廃退、戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり」 ハッハッハッ卑怯者め、南京事件 秦郁彦 中公新書 172行目だ。 「中島師団婦人方面、殺人、不軍紀行為は国民的道義心の廃退、戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり」 kouyouchinbutaiさんは中島師団を隠蔽したのです。 中島師団長と松井司令官は犬猿の仲。 これは、松井司令官派の誹謗、中傷であり、 中島師団長の潔白は明らかとなり、 中島師団長は、第4軍司令官に出世するのです。 左翼のデマその4 第11軍司令官・岡村寧次中将(のち大将) これは、岡村中将が南京軍事法廷用に自身の日記を編集した物で、この日記のおかげで彼は、無罪となったのです。 南京軍事法廷で無罪を勝ち取るために創作された物である事は、明白なのです。 この元の、日記は未だに公開されていません。 左翼のデマその5 南京大虐殺の中心人物・中島今朝吾第十六師団長の従軍日誌 本当はこうだった南京事件 板倉由明172ページ 中島師団の捕虜が殺されずに生存していたことは、既に確認されています。 左翼のデマその6 第百四師団第六十六連隊第一大隊 戦闘詳報(日本軍の正式報告書) これ、雨花台事件といって架空の戦果のでっち上げだった事は判明しています。 本当はこうだった南京事件 123ページからが、雨花台事件です。 左翼のデマその7 同盟通信社・新井正義記者 南京事件日本人48人の証言 阿羅健一 小学館文庫 104ページから108ページ 私自身は虐殺の現場や死体を見たことがない、 と、ハッキリ証言しています。 左翼のデマその8 陸軍省「支那事変地ヨリ帰還ノ軍隊・軍人ノ状況」の資料から(兵士の私信を検閲したもの): 「ある村で親子4人を捕らえ、 南京が村だって言うんですか? 南京事件と何の関係もない話しを持ってくるあたり、よほど、南京事件の証拠が少ないようですね-。 左翼のデマその9 日本陸軍第十軍嘱託カメラマン河野公輝の話 杭州湾から崑山まで あのなぁー 杭州湾と南京って200キロ離れてるぞ。 いいかげんにしてほしい。 左翼のデマその10 昭和天皇の弟・三笠宮(陸軍士官学校出身の陸軍将校)の自伝 一九四三年一月って、 南京事件は1937年12月から1938年3月までだぞ。 場所は南京でも、南京事件とは何の関係もないんだよ。 左翼のデマその11 あの幕府山事件で悪名高い山田支隊長ですら従軍日誌で嘆いています。 えー、 山田支隊は、1500名の部隊。 ところが、2万名の捕虜を獲得しました。 は? という気持ちは分かる、気持ちは分かりますが、 とにかく一応、そういう話しなんです。 で、幕府山事件と言います。 で、山田支隊は、 捕虜の監視、 捕虜の解放中の暴動で多数に逃げられ、 死体の始末 で、手一杯でして、 山田支隊が南京城内で悪さをしたという可能性はゼロ。 つまり、山田支隊の軍紀風紀なんて、南京事件と関係ないのです。 まとめその1 残る下級兵士の日記ですが、 日本軍は、現代に置き換えれば完全なブラック企業ですからねー。 上官に恨みを抱いていた下級兵士はそれこそ星の数なんですよ。 恨みを抱いている人の日記ですから、眉に唾をつけて読まなくてはならない。 まとめその2 南京戦には、たくさんの新聞記者が同行していました。 南京戦は、他の中国の戦場と違い、新聞記者の目があったのです。 さらに、 南京戦で戦争は終わる、と、信じられていました。 少なくとも兵士達は、そう信じていました。 これで、戦争は終わる。 これで、日本に帰れる。 新聞記者は、みんな英雄扱いです。 このような状況で 不法行為は、増えますか?減りますか? 考えて見れば、おわかりでしょう。 南京では、他の戦場に比べて、不法行為は少なかった。 これは、歴史家の一致した見解です。(笠原十九司さんは、除きます) まとめその3 中国には、屈辱でした。 なんせ、アジアの小国と思っていた日本に首都を占領されてしまうのですから。 それで、略奪される。 とか、 強姦される、 といった、証拠のない話しをいっぱいした訳ですね。 強姦とか略奪は、あった、と言われれば、なかったというのは、 とても、困難です。 しかし、虐殺や殺人となると死体が残るのですね。 まとめその4 本当はこうだった南京事件 板倉由明 182ページ 上海戦で中国軍は消耗しました。 それで、南京市民を約3万人徴兵したのですね。 まあ、数については、推定なわけだが、中国側の資料でそういう資料があります。 少なくとも 南京戦で、強引で大規模な徴兵が行われたのは歴史的事実です。 約20万人の市民のうち、10万人が男性、10万人が女性。 10万人のうち、3万人て、3割です。 もちろん、子供や老人は、徴兵されないでしょう。 徴兵される人は、だいたい想像がつくでしょう。 当時南京戦を取材した朝日新聞の記者 足立和雄さんは、 南京事件日本人48人の証言 阿羅健一 小学館文庫 28ページでこう語っています。 青年男子は全員兵士になっていて、城内には原則として残っていないはずだ と。

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とても常識的に考えれば、国際法を持ち出すまでもなく、「自分が民間人なのにろくな調査も受けないまま便衣兵と判断されて殺されてもいいのかどうか」ということになるんだと思います。相手の安全のため、自分が間違って殺されてもいいのなら、「捕らえた便衣兵あるいは私服に着替えた逃亡兵は、そのまま裁判をせずに処刑してよい」ということになるでしょう。私は嫌ですから、最大限便衣兵かどうかを調べてほしいと思います。

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「常識的に考えて」ということなら、戦争しているのに、味方の命を危険にさらしてまで敵兵の命を守らなければならないなんて、そんな国際法が存在するわけないと思うんですけど。 そんな条約、どこの国が批准するんですか? 質問者さんみたいな人が隊長だったら、その部隊は全滅して、誰も生還できないと思いますよ。これは皮肉でもなんでもなく。味方が全員死んじゃうのだから、当然、戦争にも勝てません。 つまり、質問者さんの言っていることは、自国が戦争に勝つことよりも、敵国の軍民を人道的に扱うことのほうを優先した論理です。 ここまで言って、自分の主張のどこがおかしいか気づかないようなら、別にいいですけれど。質問者さんが国会議員や閣僚になって、日本の命運を左右するわけではないでしょうし。

「捕虜はせぬ方針」というのは、いったん「捕虜」として確保してしまうとさまざまな制約が生じてしまうから、敵兵が投降しようと思う前に、つまり相手が戦闘員である間に、正々堂々と戦って殺害してしまう方針という意味でしょう。 (あるいは、戦闘に復帰できないような遠方まで移送することができれば、そこで釈放しても同じことです。) 戦いたくないなら、南京入城戦が始まる前に、組織だって降伏すればよかったのですから。 お互いに殺し合いが始まって、日本兵の銃剣が胸元に突き付けられた瞬間に白旗掲げたのに助けてもらえなかったのはけしからん!みたいな話だと思いますよ。わかりやすく単純化すると。 そんなの相手にしていられないし、日本が世界から非難されているのはそんなことじゃないです。市民を30万人ホロコーストしたと非難されているのです。

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>「あれは便衣兵だから、戦時重罪人だから」という理由をつけて 兵を処刑し放題になります。 そもそもの命令が便意兵の掃討という大義名分での皆殺し。そりゃ誰が兵士かなんてわかんないもん。気付かなかったらこっちが殺されるわけだし。 http://www.geocities.jp/yu77799/durdin.html