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<日本仏教を信仰したところで絶対成仏(解脱)は出来ない。ただ死ぬだけの事であ...

妙法の岩窟王(てる)さん

2017/4/1323:44:39

<日本仏教を信仰したところで絶対成仏(解脱)は出来ない。ただ死ぬだけの事である。これは、座禅しようが題目唱えようが護摩を焚こうが滝に打たれようが同じことである。まあ、好きにすればいいが。

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前にも質問したが、長々と上記のような事をぬかしているが、根拠も上げられず我見・僻見・断見甚だしいとはこのことです。

釈迦の悟りの前の苦行と、末法の題目をごっちゃにしている辺りは、仏法の五重の浅深も知らぬ愚人レベルである。

それにもかかわらず、さも知っているかのように頻繁に知恵ノートを編集・投稿しているのは、真の仏法者として、黙認・静観できないと思うがいかがなものか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

sak********さん

2017/4/1510:17:33

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あんぽんたん、いい加減にしなさい!

質問した人からのコメント

2017/4/15 10:18:47

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2017/4/1420:25:49

末法思想は後世成立した思想ですよ。末法だろうが何だろうが釈尊の説かれたことは変化しない真理です。『末法だから釈迦仏教は効果がない』とか言ってる宗派もありますが(もちろんあなたはそういった宗派の方ではないのは分かってます)。『五重の深浅』というのがどんな意味なのか知りませんが、もしかして五時八教の事ですか?それこそ、千年以上前の中国人のこじつけで、取るに足らないものだというのが僕の認識です。五重の深浅、とは何を意味して、あなたがそれを『妥当である』とされる根拠は何でしょうか?ちなみに僕は『パーリ仏典(漢訳ですと阿含経ですね)、釈尊の直説が含まれるものはこれのみで、後は後世創作されたものである。特に大乗経典は釈尊の教えとは言い難い、それぞれの経典の作者の【マイ仏教】を語る同人誌に過ぎない。』という立場です。知恵ノートを読んで下すったあなたは知っているでしょうが、僕は上座部系の実践者です。もともと仏教とは縁もゆかりもない人生を送っていましたが、ある書物(知恵ノートに記しています。ですが、内容はスピリチュアル系です。今から見たら完全に間違っていますが、怒りを抑えることの重要性はかなり役に立ちます)との出会いをきっかけに怒りを抑える実践を始めました。その中で、『もしかして、【善いことをすると善いことが起こる、悪いことをすると悪いことが起こる。善いことをして、悪いことをしないようにせよ】っていうのは、こういう事なのか?これが、お釈迦様が口をすっぱくして言われたことだったんだ!』という気づきを得ました。
その後、仏教について調べ始めましたが、上座部のアルボムッレ・スマサナーラ長老の『ブッダの実践心理学』シリーズを中心に勉強しました。長老の瞑想合宿にも一度参加しています。

まあ、長々と自分がたりしてもおそらくあなたには興味はないでしょうが、何が言いたいのかというと、『僕は上座部系実践者で、もともと仏教については素人だったので、日本大乗仏教(笑)の教義なんか知らないのでそれを根拠に何を言われても知ったこっちゃないよ?』ということです。僕の知恵ノートに何を記そうがあなたの知ったことではありません。気に入らないのなら読まなければいいのでは?

まあ、それを言っちゃ話にもなりませんが。根拠とおっしゃられますが、そもそも輪廻転生や神の存在も根拠を示すのは不可能でしょう?各々が何を信じるかです。僕の知恵ノートに記した内容は、『お釈迦様の言ったことはこういうことだ』と僕が理解した内容を僕なりに表現したものです。浅学非才の身ゆえ、言葉足らずなところは多々ありますが、それでも、日本人が考えている『仏教』『お釈迦様の教え』とは大きく異なるものだと思います。僕がなぜこのような知恵ノートを書いているかというと、『お釈迦様の教えを実践すると無上の果が得られます。そして、それはそんなに難しいことではありません。もちろん、現代でもお釈迦様の教えは有効で、その通りの結果が出ますよ』ということです。理解してもらえるとは思いませんが、それでも、書いておけばもしかしたら一人ぐらいは実践して、同じ果を得る人も出るかも知れない。それが僕の知恵ノートを記し、知恵袋で回答する理由です。それが間違っているとか、そんなことはお釈迦様の教えじゃない、とか言われるのでしたらそれでも構いません。どうぞ、好きなだけ『真の仏道』とやらを邁進してください。僕はお先に失礼します。

という感じです。

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man********さん

2017/4/1410:01:22

お釈迦様が説いているように、空論者は空しか説きません。
須菩提長老は解空第一とされる十大弟子ですが、経典では目立った記述がありません。

お釈迦様が弟子たちの内で、個々の優れた特性を持つものは誰かという点で、須菩提長老は他の長老を差し置いて、「言い争いをしないこと」と「供養されるべきもの」の二点で最勝であるとされています。

長老は乞食をするに際して禅定に入っていたと注釈されています。

そういう訳で、大乗仏教初期に「供養されるべきもの」として功徳のある須菩提長老をメインにしたことは恣意的に感じられます。

また、経典が散逸した北伝大乗仏教では下手に経典を掻い摘んでくるよりも空を重視する方が安全で適していたのでしょう。
だから、中国でも禅宗はずっと残った。

しかし、向き不向きがあるので、南伝仏教の方が万人向きではあります。

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nak********さん

2017/4/1402:52:43

題目を唱えようが、念仏を唱えようが、んなことが問題なのではない。
「絶対に成仏できない」と考えることが間違ってるのだよ。

そもそもお釈迦さん、仏教徒ですらない。
つまり、「いつ、どこで、どんな人がどんなきっかけで悟りをひらくことが出来るのかは判らない」が、「いつかどこかで悟りをひらく人が出てくる」ということだけが確実なことなのです。

そして次にこの世に出現する如来は、弥勒。
これは「授記」によって予言されているのだから、確実に成就する、ということになってます。

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