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宗教書やyoutubeで宗教関係のお話を見ると、人の役に立つ、社会に貢献する、という...

%_%さん

2017/5/1412:31:16

宗教書やyoutubeで宗教関係のお話を見ると、人の役に立つ、社会に貢献する、ということが理想のように語られていることが多いのですが、そういう方面に無関心でも自己実現していて結果として、

神様に喜ばれているような生き方があると思うんですが、ご意見聞かせてください。

例えば、今、すごくファンタジックな映像に共感していて、それを見たから金持ちになるとか病気が治るとかではないけれど、単にいいな!と思って見ています。
それで思ったんですが、この映像を作りたいと思った人は、別に人の役に立とうとか社会に貢献しようとか考えず、ただこれを映像化したい!と考えて行動したんじゃないか、と感じました。
クリエイターと呼ばれる人々は、もちろん視聴者や読者の反応を期待すると思いますが、とにかく作りたいという思いがあるのではないかな、と。

わたしが読んだり見たりした宗教書が偏っていたのか、こういうモノづくり関係に対してあまり語られていなかったのが不満です。
人の役に立つという意味でのモノづくりではなく、エンターテインメント性の事柄についての話です。
小説家なども、人を喜ばしたいという考え以前に、書きたいから書いてしまった、その結果、売れてしまったというのがあるのではないかな、と。

宗教が、あまりに人や社会への貢献を良いことと言っているようなので、みなさんはどう思っているのか気になりました。

(ただわたしが、人の役に立つより自分が大切な性格だからかもしれませんけど^^;)

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ベストアンサーに選ばれた回答

sss********さん

2017/5/1413:15:18

それはあると思います。

特に人のためとか、社会貢献という意識がなく、ただやりたいことをやる。
それが結果的に人を見喜ばせている。

クリエイターさんの例を出されましたが、その通りで、
ミュージシャンや作家、陶芸家、画家など、人が喜ぶものなんて作っていたら成長できません。
自分が作りたい音楽や、書きたい絵を描いているうちに認められる。
そういう世界ですから。

それが人々に勇気を与えたり、癒しを与えたりすると思いますよ。

  • 質問者

    %_%さん

    2017/5/1619:27:49

    ありがとうございます!わたしが言葉にできず、もやもやしていた部分を丁寧に解説してもらえて、大変うれしく思います。
    そうです、そうなんです、
    「結果的」に人が喜んだり、勇気をもらったり、癒されたりしたとしても、
    それが「目的」でもないし、そもそもそういう意識さえなく、ただ表現したい!そういう生き方があってもいいんですよね。

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質問した人からのコメント

2017/5/16 19:43:15

日曜日にすぐに幾つかの回答をいただきましたが、せっかく知恵袋に投稿したので、他のご意見や考察も知りたいと思い、お礼コメントが今日になってしまいました。いろいろなご意見をどうもありがとうございました!

ベストアンサー以外の回答

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rac********さん

2017/5/1423:11:56

質問者様が、なぜその様な考えに至ったのか分かり兼ねますが・・・

宗教を保護した、中世の権力者は自分の為に寺社(教会)を建立し、中を彫刻や絵画で覆いましたが、その過程で生まれた建築物・仏像彫刻・宗教画は時を経て一般人の私たちに感動を与えてくれます。

そして、世の中の人々が感動する様な『傑作』と呼ばれるモノが生まれる瞬間は、作者(著者)が作品を手掛ける上でスポンサーが付き資金面で何の憂いもなく且つ健康的・精力的な場合でしょう。
(『貧すれば鈍する』状態では良いモノは生まれません)

事程左様に宗教が『人の役に立つ、社会に貢献する』は、強ち間違っていない様に見えますけど・・・

hariharaさん

2017/5/1418:14:08

>宗教書やyoutubeで宗教関係のお話を見ると、人の役に立つ、社会に貢献する、ということが理想のように語られていることが多いのですが、そういう方面に無関心でも自己実現していて結果として、神様に喜ばれているような生き方があると思うんですが、ご意見聞かせてください。

それについては、仏教・ヒンドゥー教アドヴァイタでは良く問題になりますね。

チベット仏教・上座仏教・ヒンドゥー教アドヴァイタでは、解脱そのものが世界に対して大きな意味があると考えられています。

解脱後に、独りどこかに籠るか、あるいは社会的に活動するかは、その人の性格の問題です。

仏教・ヒンドゥー教アドヴァイタともに、精神・肉体は自己ではないとします。(諸法無我)

性格というのは精神のパターンですから、本質的な問題ではありません。

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bil********さん

2017/5/1412:43:35

経験ですが、宗教関係者が愛や勇気や希望など美辞麗句をいう割に社会では顰蹙を買っている事は多々あります。
自分のしたい事をして、結果、他人が喜び、社会貢献できればそれで良いと思います。
アレコレと宗教用語を並び立てて金を巻き上げたり、威張り腐っている宗教関係者なんてほっといて、関わらず、自分のできる事をするのが一番です。

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