ここから本文です

私が宗教家なら、必ず不倫行為はしないだろう。 簡単に言うと、男とは何か? ...

pie********さん

2017/8/1322:23:28

私が宗教家なら、必ず不倫行為はしないだろう。

簡単に言うと、男とは何か?
簡単に言うと、男性は骨と筋肉が分厚い。
男の人に対する興味(特に異教徒の場合は)は、それだけだからだ。そ

して、より深く「男性」を知る為には骨格や筋肉だけでなく、他の体の部分の知識が必要だ。

必要な知識が満たされるにつれて、より多くの悦びに満たされるであろう。(それは、本当の性行為よりも深い悦びを与えてくれるだろう。)


ついでだが、私の理想の男性像はローマやギリシャ彫刻のような若い男性だが、そのような男性は1人もいない。それが現実である。私だけではなく、全ての人々が同じだと思うが、現実的な状況の為に嫌々、好きであるかのようにふるまっているのだと思う。

そのようにして、不倫行為と、いうよりも、本物の性行為をすると、男性に対して全く興味がもてなくなるのだ。

だから、私が宗教家なら不倫はしないだろう。
どうでしょうか?

閲覧数:
54
回答数:
1

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

nak********さん

2017/8/1407:46:14

ピエタリくん。
「不倫」というのは一種の道徳規範であって、「貞操観念」は文化の一側面にしか過ぎないのですよ。

日本の性文化は「妻問婚」、つまり「夜這い」だったのです。
選択権は女性側にあったし、そこには「不倫」なんて概念はありませんでした。
生まれた父親なんか、実際には判んない、だから、祖父方の家で育てられたのです。

エスキモーなんか、「寒いからおもてなしはセックス」なんだよ?
「これ、抱いて寝ろ」
「猟に行くから、お前の嫁、貸してくれ」
生まれた子の父親は誰だか判んないから、子どもがハイハイできるようになったら、関係した男たちが車座になって座り、みんなで呼び、子どもがハイハイしてタッチした男性が「実際の父親」にされたのです。
やっぱりここにも不倫なんていう概念はありません。

てことで、「不倫」なんていう俗世の概念にとらわれてると、悟りなんか得られないよ。
私の理想は、理想的な女性とやりまくって、完全球体となること、だな。
チベット密教のヤブユム像って、結局のところは「対立概念の止揚」を象徴的に表現してるだけなのだけれど、ま、自分自身が完全でなきゃ、女性に完全を求めるのは無理、したがって理想的なセックスは無理だ・・・、という結論に落ち着く。

誰が不倫しようがどうだってよいけどさ、私やピエタリくんがどう考えてるかってのは、他人にとっちゃどうだっていいんじゃないかな?

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる