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ヨーロッパ大陸は…

pri********さん

2008/7/2116:25:38

ヨーロッパ大陸は…

ヨーロッパ大陸は、文化遺産や観光資源に富んでいますが、他方、国別、地域別の違いが殆どないような印象を受けます。
建築もアジア以上にお互い似たり寄ったりで、教会の作りだけを見てもどこの国のものか見分けがつかないし…

こうなった背景にはやはりローマカトリックの影響が強いのでしょうか?

補足アジアは、基本的に瓦葺であっても、国によって違いが出てきますよね?

日本の建築なんて、中国のそれとは全く別ものだし。

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ベストアンサーに選ばれた回答

fuy********さん

編集あり2008/7/2116:46:56

そうですね、征服に征服を重ねて固有の文化を見つけるには観察力が必要です。

地続きですから、交流も多いはずです。



しかし、日本の東北地方と中国地方の違いの様に探せば無数に
差異は出てくるはずです。


■補足を受けまして■

既に書いた通りですが

海で隔てられていたり、気候が異なれば建築が違ってくるのは当然です。
日本も中国から多くを取り入れていますが、海の壁のおかげで異質な発展を
遂げています。


「 ローマカトリック 」 を原因として論じることも可能ですが、草の根の交易で
均質化する視点も忘れてはいけません。

そう主張したいなら、それは自由です。

私から見れば、フランス ・ スイス ・ イタリア ・ スペイン などなど
大違いですよ^^;

質問した人からのコメント

2008/7/22 17:35:37

フリッカーでヨーロッパ諸国のいろんな風景を目にして考えを改めました。
やはり、気候や民族によって若干異なってますね!!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

vic********さん

編集あり2008/7/2118:36:47

キリスト教の影響力は精神面では確かにありますが、実質的には
中世以来の各国王室や貴族階級の婚姻による混血が挙げられ
ます。

その大部分が政略結婚です。

日本でいう、藤原氏に代表される摂関家を中心に時代を掴んだ
武家が官位を授かったようなもので、日本では地理的な関係から
国内で完結しましたが、ヨーロッパは域内でそれが起こったという
ことです。

端的な例として、大英帝国の最盛期を築いたのはビクトリア女王
ですが、彼女は連合王国女王兼インド女帝です。彼女の孫ですが
ジョージ5世(連合王国国王兼インド皇帝)
ニコライ2世(ロシア帝国皇帝兼ポーランド王兼フィンランド大公)
ウィルヘルム2世(ドイツ皇帝兼プロイセン王)
などがいます。つまり、孫の時代の英、露、独は3人の従兄弟同士で
統治されていたことになります。

他のヨーロッパ諸国の王室や貴族もこのような例が見られます。

日本では皇室が連綿として続いたことにより権威を確立しましたが、
ヨーロッパ諸国は婚姻による血筋をもって権威を確立しました。

このような上流階級の婚姻の土壌の上に、宗教によって民衆の
共通理念があったため、別個の文化を構築することなく、地域差の
範囲内で収まり、現在に至っています。

また、日本が国風文化を開花させたのも、7世紀に大陸のくびきから
逃れ、大陸の文化を吸収し尽くしたこと。つまり、遣唐使の廃止により
決定づけられました。

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