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読書は人を賢くするのか?

min********さん

2017/11/1023:02:35

読書は人を賢くするのか?

私の知人に、年間100冊以上本を読み、それを10年以上、つまり1000冊以上読破したと自慢する男がいます。
ちなみに私は、読書はほとんどしません。
(仕事上の専門書を除けば、年間2冊以上あれば良いほう)

ところが彼は、論理的思考というのが苦手なようで、どうも読書をしているわりには、賢いとは思えないところが多々見受けられるのです。

例えば、彼と学校教育のことで話になった時。
彼は『学校教育は必要ない!』と私に意見を言ってきて、
私はその反論として、『学校教育を受けなければ、読み書きそろばんなどの基礎学力が身に着かない』と意見をしました。

そうしたところ、彼は『良い学校を出なくとも仕事が出来る人はいます。』と再び持論を展開し、学校に行かなくても優秀な人はいるとか、仕事はできるとか、めちゃくちゃな論理展開を主張してきたのです。

まともな人であれば、学校教育をしなくてもいい理由を答えるべきところを、論点をすり替えて、人間性や仕事観といった、まったく問題提起とは関係のない話を持ち出して、無理矢理自分の意見を相手に押し通そうとするのです。

なので私も、彼にはそのことを注意したことがあるのですが、どうも自分では論理的思考に自信があるようで、論理に関する本をたくさん読んでいるとムキになって見下してきます。

そしてたちが悪いのが、この論理的思考に関する事で、他人にあれこれと指摘や説教をしてくるのです。

ちなみに学力で言えば、彼は偏差値が50の高校で落ちこぼれだった人間。
友人や知人にも、自身の論理的思考の凄さを自慢しているようですが、彼は幼稚で思考が短絡的であると馬鹿にされることが多いようです。

他人から自意識過剰と注意されても、なぜか自分の頭に自信があるようで、いまでも『自分は賢い』と周りに吹聴してまわっています。

ちょっと話がズレてしまいましたが、本当に年間100冊も本を読んでいれば、世間様がいうような論理的思考が身について、賢くなるはずではないのでしょうか?

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cha********さん

2017/11/1520:08:27

「読書は人を賢くするのか?」
なるほど、すごく興味深いご質問ですね。

ある面では賢くするでしょうし、ある面では劣化させてしまう可能性も含んでいるのが読書だと思います。でも、読書に限らず、ものごとって何でもそうですよね。メリットとデメリットがある。

次に述べる意見は、「少なくとも私はこう思う」という範囲のことですので、普遍的な意見と思わずに読んでいただけると幸いです。(「そんなこと言わなくてもわかってますけど?」と思われちゃいそうですけど)あと、余計なことだとは思うけれど、彼とあなたの深層心理のことも考えてみました。

長くなるので、項目ごとに分けます。
①読書のメリット、②彼のこと、③読書のデメリット、④あなたのこと、⑤個人的に思う改善策。④⑤あたりなんて、ほんとうに余計なことだとは思うけれど。


まず、①読書のメリットから展開してみます。
読書をすれば、やはり知識は増えると思います。当たり前の話ですが。
「どれだけ多く読んでも、内容を覚えていなければ意味がない」という意見もあるかもしれないけれど、私は潜在意識に蓄積されていくと考えています。たとえそのとき覚えていなくても、なにかの拍子に記憶が出てくることがある。あるいは、無意識でやっちゃうことがある。それは案外おもしろい経験です。「読書家あるある」だと思います。

こういった側面から見れば、やはり「読書は人を賢くする」と言えるはずです。(ただ、「人を賢くするのは読書だけではない」と私は強く言いたい派。)


次に、②彼のこと。
彼が述べる「学校教育は必要ない」「良い学校を出なくとも仕事が出来る人はいる」というのは、断定は決してできませんが、「そういう場合もあるよね」とは思います。あなたも、そこは同じ意見ではないでしょうか。

もし彼が、次のように述べていたら、別に違和感はなかったはずです。
「学校教育を受けなければ、読み書きそろばんなどの基礎学力が身に着かない。でも、読書などで独学して、結果を出した人もけっこういるよね」
どうでしょうか。「そうよね」で終わったのではないでしょうか。
彼がバシっと言い切ったから、あなたも「は?」って思ったんだと思います。

ただ、けっこう多くの作家さんが「在学中、勉強はあまりしなかったけど、本はたくさん読んでいた」みたいなことを言っているので、「本をたくさん読んでいれば、人生ってなんとかなるのかも?」みたいな、ポジティブなイメージを植えつけられることは多々あります。そういった事例がどんどん蓄積されていくと、彼みたいに言い切っちゃう人は出てくると思いますね。

また、彼は、その価値観の中で頑張って生きているのだと思います。そしてコンプレックスと戦っているのだと思います。「俺、本を読んでるから大丈夫だよな!?」と思い込まないとやっていけない精神状態なのでしょう。このあたりのことは、わざわざ私が言わなくても、周りから見ていればわかると思います。

「本を読んでいる」と優越感を抱いているということは、同時になにか他の劣等感があるということです。あなたをライバル視している可能性だってあります。あなたや周りの人が、彼よりも良い学校を出られているだとか。「いや、自分だって今から頑張ればなんとかなるぜ!」っていう強い気持ちが彼から感じられます。

そんな彼は、ビジネスのノウハウ本は多読したのかもしれませんね。おもに論理的思考についての本は多く読まれたのでしょう。でも、だからこそ、単一的なことを言っちゃうのかもしれません。「自分はAだと思う!」と、結論を先に言うことだけが強くインプットされているのかもしれません。

ほんとうの論理的思考って、
「Aだと思う。なぜならBだから。しかしCやDという反論も考えられる。ただ、Eという事象もあるので、どうしてもAだと自分は考えてしまう。しかし、やはりCやDといった側面を切り捨てるわけにはいかないので、断定はできないが」みたいな思考を言うのだと思います。
(私もできるわけじゃないけど。私の論理的思考ができていないことなんて、このダラダラと長い回答を見ておわかりだと思うけれど)

ただ、そんなこと言ったって、そういうお手本みたいな理論展開を長ったらしく日常会話でされてちゃたまりませんけどね。やはり日常会話をするとなると、「自分はAだと思うなあ」という結論の部分だけを取り上げて話すことにはなると思います。それが自然だとは思います。
彼みたいに「Aだ!」って言い切るのは、やはり乱暴にすぎると思うけれど。



③読書のデメリット
ショーペンハウアーという有名な哲学者がいるのですが、『読書について』という著書でこんなことを述べています。(かなりざっくり言います)
「本をたくさん読めば良いってもんじゃない。というか、本をたくさん読むってことは、その分、『自分で考えていない』ってことだからね? 本というのは、つまり他人の知識なわけ。自分の知識じゃないわけ。それをあれこれ読んで偉くなった気になるのって、おバカさんのすることだからね? そんなことよりも、実際に経験をしたり、自分で考えたりすることのほうが大事だよ。本を読むにしても、良い本を選んで読むとか、自分のなかで仮説を立ててから読むとか、いろいろあるやんけ」
――みたいなことを、書いていらっしゃるわけです。

私もけっこう本を読むのが好きなタイプではあるのですが、悲しいことにこのデメリットがあるせいで、「めっちゃ読書します!」みたいな自慢ができないのです。「自分ではあまり物事を考えていません」ってバレちゃうもの。そんな恥ずかしいこと、内緒にしていたいくらいです。

ちゃんと自分で考えているつもりでも、そうじゃない可能性だってあるもの。それに、読書すればするほど、「あー、この方面のことは知らないわ」という領域がどんどん明確になっていって、その領域の大きさにおののくようになる。「結局、私って何もわかってないんじゃないか」という、ふりだしに戻る感覚さえあります。

それが読書のデメリットかなと思います。


④あなたのこと
あなたは本をあまり読まないとおっしゃいました。
③で述べたとおり、別に読書しないことが悪いことではないと私は思います。だから、彼が「ふん、読書しない奴なんてダメだよ」みたいなことを言ってきても、「それが何か?」と思っていればいいとは思う。

だけど、こうして知恵袋にあなたが質問を投稿した経緯と深層心理を考えると、「本を読んだほうがいいのかも?」という気持ちが、少なからずあなたの中にもあったのではないかと私は考えます。無意識的であれ、心のどこかで、「なにかしら独学をしたほうがいいのかな」とは思っていたのではないでしょうか。そういった気持ちがあるからこそ、彼のその言葉が気に障ったのではないでしょうか。

これは彼とは反対の心理になりますが、「本を読むことが善」と主張されると、あなたは「悪」になってしまうわけです。それが嫌だったんですよね。「私は悪いわけじゃない」って主張したかったんだと思います。そのとおりです。本を読まないことが悪いことではない。決してあなたは悪くはない。

でも、「悪いことなのかも?」とあなたに若干の疑問を抱かせる彼が嫌い。その心がなぜ出てくるかというと、もともとあなたのなかに「何か勉強したほうがいいのかも」という心があったからだと思うのです。それがあなたを苛立たせると思うのです。


⑤個人的に思う改善策
ここまで話を展開すると、我ながら図々しいというか、面倒くさい奴だなあと思いますが、別に正解を述べているわけではなくて(そんなもの専門家でもない私なんぞが述べられるわけがない)、あくまでひとつの提案として、サッと目を通していただけると幸いです。

誰かにイラっとしたときは、実は、あなたの中にも何かしらの問題が含まれているときらしいです。「問題」と言うと聞こえが悪いですが、要するに「あなたが発展するための喜ばしい兆し。つまりチャンス」だったりします。

あなたは、少しだけ、何か本を読んでみたらいいと思う。そうしたら、案外、スッキリすると思う。誰かの悪口を言いたくなったときって、案外、「その相手の特徴を自分にも取り込めたらいいのにな」って思う心があるときだったりします。(これも決して一概には言えないけれど)

これは私が目の当たりにしたケースですが、太っているA子さんという女性が、痩せているB子さんにイラっとしていました。私はよく悪口を聞かされたものです。A子さんは、「痩せているB子さんがいかに女性的な魅力がないか」について、延々と話していました。女性はちょっとふっくらしていたほうが魅力的なんだと。(太っていても痩せていても、その女性ならではの魅力があると私は思うんですけどね)

「痩せている女性が善」なら、太っているA子さんは悪になっちゃう。自分の世界観において、自分が「悪」になるなんて絶対に避けたいことです。だから、すごくB子さんの悪口を言っていた。でも、A子さんが「私、痩せたいのかも」ということを自覚した。そして、A子さんはダイエットを始めたんですね。すると、B子さんに対してあまり腹が立たなくなりました。不思議なことです。そして、ちゃっかり魅力的になった暁には、素敵な彼までゲットしていました。すばらしいことです。

ですから、もしかしたら、「あなたは心のどこかで、なにかしらの読書の糸口を探していた。そしてその機会がついに来た」のかもしれません。「イラっとする彼の発言のおかげで読書を始めた」なんて思っちゃいけませんよ。(続く↓)

  • cha********さん

    2017/11/1520:10:54

    (続き)心のどこかにいるあなたが、あなたをイラっとさせることによって、「私も読書してみる?」という糸口を、自分で作り出したのだと思います。これは、彼のおかげというか、心のどこかにいるあなたの手柄だと思うんですね。あなたが必要に応じて彼の口から言わせたとも考えられます。(なんて言っちゃうとオカルトみたいで、だからこそ私の個人的意見の範疇から出られないのだけど)

    イライラするという気持ちを通して、もう1人のあなたが何かをあなたに知らせたがっている。彼の何かを自分に取り込めって言っている気がしてなりません。(もちろん、今のあなたが「悪」なわけじゃない。絶対にあなたは「悪」じゃない。)

    それが「読書」なのか何かは、私にはわかりませんけど、あなたが「読書」という方面でイラっとするならば、それを少し取り入れてみると素敵なことが起きるんじゃないかと思います。

    ……彼より先にガンガン出世しちゃうとかね(笑)

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san********さん

2017/11/1215:13:17

まず、本にもいろいろな種類があります。
小説もあれば、解説書のようなものものあり、参考書、ビジネス書などさまざまです。
人は目的によって、それらから自分の読みたい本を選びます。

小説やエッセイなどは、論理的思考というよりも情緒や感情、心を豊かにするものですし、哲学書や実用書であれば、論理的思考が身に付きます。
知識をつけたいのであれば、実用書や解説書、説明書を読みます。
ただし、実用書や哲学書などを読んだからと言ってそれが身につくとは限らないしし、それらもピンキリで、内容がメチャクチャなものも多々あります(それは小説やエッセイを読んでも心が豊かになる、とは限らないのと同じです)。
その中でも、良書・悪書は必ず存在します。

読書は論理的思考や情緒、心を豊かにするための、他に多々あるものうちの手段の一つにすぎません。
なので、読書をしたからといって、その目的が必ず達成できるとは限りません。

読書をしている人に陥りがちなのは、自分で考えなくなってしまうことです。
本に書いてあることをうのみにして、それを自分の中で処理しないのです。
読書は絶対の真理が書いてあるわけではありません。
なぜなら、書いている人も人間であり、どんなに権威があったり優秀であったとしても、それがそのまま読み手の現実世界に当てはまるとは限らないからです。
あくまで作者の経験・知識から書かれたものであって、それがそのまま読み手の側に当てはまるとも限りません。

ですが、それだからといって完全に間違っているわけでもなく、その選り分けも含め、自分の中に受け止めてから考え抜かなければなりません。

それを考えれば、何冊読んだか、なんていうことは何の問題でもありません。
大切なのはどういう読書をして、どういうことを学んだかです。
多く読むことよりも、一冊の本を内容を掘り下げて深く理解していく方が、100倍ためになります。

要は何を読んだか、何冊読んだかというよりも、どういうことを学んだか、が問題です。
だから、さらにいえば、より大切なもの、尊いものを学べたのであれば、読書でなくても良くて、人から話を聞くなり、映画でも漫画でも、あるいは遊びやスポーツの中から、大切なものを学べれば、読書をしたかどうかは、問題にならないと思います。

読書をして、それによって頑固になってしまったり、不要なプライドを持ってしまったりしては、本末転倒で、それこそ、読書をしないほうがよかったということになってしまいます。
読書を有意義なものにするかどうかは、本人の意識、心次第です。

それに、読書をしたり、立派な考えを持ったり、多くの知識を持ったりすることは、それはそれで立派だけども、それだけでは何にも役に立ちません。
人間の価値はそこにはなく、それをいかに社会や他人に役立たせるか、だと思います。
なので、それを理解している人は、読書をしていることを自慢したりすることはしないでしょう。
あくまで、読書は社会に貢献したり人に貢献するための、一つの手段を獲得するためであって、読書をしただけでは、何の意味もないものです。
読書をして、人間偉くなれる、なんていうことはありません。

その彼の言動は、コンプレックスから来ているのだと思います。
それを埋めるために、読書をして、それを自慢しているのだと思います。

自信のなさの裏返しです。

ムキになるから余計に冷静になれなくて、滅茶苦茶なことを言うのだと思います。

そもそも、論理的であることが絶対に正しいなんてこともありません。
この世の中、論理的には考えられないこと、論理的にみたらおかしいことなんか、山ほどあります。

まず、人より偉くなるため、人より上になりたいがために読書をする、なんて心がそもそも卑しいです。

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yuk********さん

2017/11/1100:48:02

本当に賢い人は自分は賢いとは言いません。また、読書をする人で多読を自慢する人がいますが、沢山読めば良いというものでもありません。多読でもその内容と読み方で違いが大きく出ます。

小説を年間100冊読む人と、新書や実用書を100冊読む人ではどちらが幅広く知識と教養が深まるかですが、これはお分かりの通り後者の方です。小説は娯楽性が高く、情緒が豊かになりますが教養への影響は大きくはありません。

多読しても、その内容が身に着いていなければ、ただ読んだだけで本を買って積んでおいて読んだ気分の積読と同じです。

更には多読を自慢しても何の意味もないと思います。多読して知識と教養が高まっている人は多読を自慢しないものです。

稲穂は実るほどに頭を下げると同じくできる人ほど謙虚です。ノーベル賞受賞者の日本人だけを見ていても、誰一人自分の学歴や研究成果を自慢する人はいません。謙虚であり、そして更に上を目指そうと向学心旺盛です。こうした功績があることの考え方を学ぶことはとても有意義です。

質問者さんは、その多読の相手にこのノーベル賞受賞者の功績や考え方を説いてみてはいかがでしょうか。

ちなみに私も読書は好きで、毎月図書館から3~5冊借りて読んでいます。読むジャンルは新書や実用書、日本中世史などが多いです。先月借りた本を勉強の参考資料にして、仕事に関係した公的資格を取得しました。

読書は自慢するために読むのではなく、自己を高め、人生をより豊かにしていくものだと思います。


その多読を自慢する友人の話は適当に聞き流しておいて、あまりしつこいようならば、自慢話は聞き飽きたと言ってみてください。それでもやめなければ、少し難しい質問をして、答えられなければ多読は役に立たないと指摘すれば黙ってしまうでしょう。質問としては「経験と体験の違いを言って欲しい」「消費期限と賞味期限の違いは何だ」「風が吹けば桶屋が儲かるのはどうしてか?」「円高になると不景気になるのは何故か?」「高齢者の2025年問題とはどういうことか?」「認知症と物忘れとの違いは何か?」「北朝鮮の核開発をやめさせるのにはどういう手段が効果的か?」などのいくつかでも質問してみましょう。一般教養みたいな事柄ですが、いくつかでも論理的に説明できれば及第点です。

長くなりましたが、こんな感じでいかがでしょうか。

ofd********さん

2017/11/1023:57:30

論理的論理的と言うなら、もう答えは出ていますね。w

その彼が、答えです。

でも、、、その彼が10年1000冊を読んでいなかったら、もっと残念な彼になっていたと思います。(ただし、面倒くさい人間になってしまったとも言えますかね。w)

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toc********さん

編集あり2017/11/1023:34:04

どんな本を読んでるんだろう。それと、読むって、どれくらいきちっと読めてるんだろう。その人がどんなかは直接話をしたこともないからわからないけど、同じ本を読んでも、何をどれだけ吸収するかは人によってずいぶん違うよ。あと、論理的に話すためには、文章を書くことも大切。自己矛盾、論理の飛躍やごまかし、思い違い、、、プロの物書きでもちゃんとした文章を書けてるのはごく少数だけどね

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cac********さん

2017/11/1023:07:12

量より質です。
漫画本でもよんでいるのではないでしょうか。
やはり、世界の文豪の文学や歴史、哲学の本でしょね。
人間学を学ぶことも大事です。
数万冊読んでいる人は良く聞きます。
1000冊なら大したことないですね。
本はだた読むのではなく、批判できないといけません。
何でも鵜呑みになれば、洗脳されるだけです。
ただ、全く読まない人よりは読む人の方が、
増しと言えばましですね。ただ、自慢することでは
ないですね。

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