ここから本文です

厳罰は人の命の重みを保つのか? について ② 再びこちらで失礼します。 ...

yan********さん

2017/12/319:51:06

厳罰は人の命の重みを保つのか? について ②


再びこちらで失礼します。

仰ることはわかります。

しかし私は、仮にそれをAという側面とするなら、別個のBという側面について述べて

います。


正直、タバコより健康被害の少ないとも言われるマリファナ、なぜ吸っていけないのか分かりませんし、悪とも思いません。違法でなければ今ごろ喫煙所で吸っています。

タバコでさえ違法化されれば少なくとも人前で吸うことはしたくなくなりますし、隠れて吸ったとしても罪悪感という圧力は生まれます。

私は万引きの何が悪いのか分かりません。ちゃんと見てれば抑止になるのに、人件費削減のため店員を1人しか置かず、その店員が倉庫に入らざるを得ないとき、万引きフリー状態のとき、なぜこちらから店員を呼んで、待って、わざわざ金を払わなければならないのか分からなくなるときがあります。… それでも私が万引きをしない心理を保持するのは、小学校の恩師が「 万引きなんかしたら殺すぞ 」と睨み、威嚇してくれたおかげだと感謝しています。

このように、自己正当化はどんどん進みます。

私は仲間がひどく侮辱されたとき、相手をブチのめすのを今だにカッコいいと感じます。なぜなら大量の不良漫画に感化されたからです。しかしそれに歯止めがかかるのは、警察とそこに起因する社会的制裁からの抑止力です。

同僚の若い頃の武勇伝、1人で三人のチンピラを血ダルマにした話、その腕っぷしにホレボレします。仮にそれで相手が死んだとしても、悪いのは向こうなのだから、自業自得だと思います。

このように悪への感化は、少しづつなら気にならず、私が非合法組織に入ったなら、どんどん染められる自信があります。

そこで心理的な歯止めになるのが、動きやすい良心に対する、不動の法と罰です。これは、得るものと失うものの損得勘定だけなのでしょうか?

どちらでもいいと思います。大事なのは、

A = 日常生活から得られる良心

B = 法と罰の大きさから類推する判断力

としたとき、Aが主軸ではあるものの、AがあればBはいらない、ではなく、Aを補佐し、向上させるためのB、というのが私の主張です。

もし私がたまたま、妻がレイプされている現場に遭遇したら、激情にかられ犯人に暴行を加えるかもしれません。しかし、傷害致死の手前で踏み止まれる心理「 超えてはならない一線 」「 シャレにならない 」という感覚は、損得感情ではありません。なぜなら、実刑覚悟で犯人を殺したいと思うケースだからです。

相手が悪いのに … では、どこからその感覚は生まれるのか? それはやはり権威の設定した罰であり、それを認める国民の人数だと考えます。

正直、私は命の重みを知っていないのかもしれません。懲役刑ですら受けたことのない、犯したことのない、想像でしかありません。しかし、たとえ私自身か海で3メートルしか潜れずとも、10メートル、20メートル潜れる人の偉大さは感じますし、それは数字の力です。


… 「.万引きしたら殺すぞ 」と私を脅した恩師の目、それは愛情からの発露と解しています。であれば、国家からの威嚇や厳罰、これも単なる脅迫、取引、ではなく、国民全体を想う愛情の発露だと明るく利点として捉えられれるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

閲覧数:
132
回答数:
5
お礼:
500枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

jtb********さん

2017/12/423:53:09

私が述べたことは、冒頭のAやBなどの[側面]ではありませんし、後述の「AがあればBはいらない」といった旨を、極論以外では一言も記述していません。

それに[例え]や[体験談]や[もしも話し]などを頂きましたが、自らが全てを損得勘定であると示されておられますよ。

タバコやマリファナは不健康か否か、または罰せられるか否か。

「殺すぞ」は「○○すれば殺されるかも…」という不利益に結びつけた。
または、[睨み]と[万引き]との関連付けに過ぎない。

「警察や社会的制裁」という不利益に結びつけた。

どれも、不利益という発想に繋がっています。ただ、それが筆頭に立ってしまうから「何が悪いのか分からない、分別がない」ともなりましょう。
裏を返せば「不利益より欲求を満たす方を選択する思考」に対してのみ。つまり「逃げ果せる、隠蔽できる」、または「刑に服すのがカッコいい」という様に、「不利益を避けられる」あるいは「不利益とすら感じない」などの思考に対してのみ罰は期待できると言えましょう。

それに「罰が補佐や向上に」とのことに幾ばくか理解はできますが、私は思考の優先度を述べている訳でして、罰は「やってはいけない事」に直結できるものの、「どうして悪いのか」には必ずしも辿り着かない訳です。
この「どうして悪いのか」を見出さない限り、常に犯行予備軍でしかないと思いますよ。

「妻が○○」でも、感情は自然な反応に駆られるため、損得以外の行動に出るのも当然です。というより、語られている物語と言いますか文脈が、踏み止まった説明なのか殺意の説明なのか、今一つ論理が掴めませんし、数字から受け取る権威には関連付けが最初にあり、善悪の分別とは[直結]していませんよね。

如何でしょう。私が今まで述べてきた全ては、単なる刑罰否定ではなく、どんな例えや経験談や側面を以ってしても、私は一貫して、刑罰における第一の効果は、刑罰という不利益と、犯行(欲求を満たす)利益の損得勘定のみに働く。裏を返せば損得勘定から罪を犯す思考にも繋がる訳でして、それらに対して直接的な効果は期待できましょう。といった同じ様な回答に当て嵌まってしまう訳です。
また、私が述べている「刑罰…」の旨には、今回の[第一]や、前回からの
[先ず]や[直結]が付随しいていたことも咀嚼して下さい。

  • 質問者

    yan********さん

    2017/12/510:30:30

    御回答ありがとうございます。


    いえ、例の意図は少し違います。

    タバコ → 倫理に反しない行為でも、違法化が罪悪感を生み出す

    万引き → 子供の頃に汚物はさわれないほどのもの、と刷り込まれたら、大人になって「 触った後に消毒すれば大丈夫では? 」と疑っても、生理的嫌悪感として残る

    不良漫画 → 悪の教科書で善悪を判断する習慣が身についても、現実の罰則が社会の価値観を示す

    武勇伝 → 自分で悪の理由を考えただけでは、見落とす悪がある

    以下省略しますが、

    要するに、本人の判断や信心では及ばない部分に、応報が、悪の概念を教え、応報の大きさが、悪の大きさを考える場合もあるのではないかと。

    宿題をやらない、罰を与えず、やったときの利益を説明しても、本人が欲しなければ、そこで終わりだと思うのです。

    教育とは、社会に都合良い人間に洗脳すること、だとすれば、罰が、本人の考えた独自の悪の理由を社会に合致したものに矯正する思うのですが …

  • その他の返信(5件)を表示

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

「ダルマの目はどちらから」の検索結果

検索結果をもっと見る

ベストアンサー以外の回答

1〜4件/4件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

tam********さん

2017/12/323:17:57

なるほどね。
あなたの話は、読んでいておもしろいよ。

プロフィール画像

カテゴリマスター

wuz********さん

2017/12/320:29:48

ハートの熱さは伝わりました( • ㅿ• )
そうです
この世界はデタラメですよ( • ㅿ• )

kai********さん

編集あり2017/12/320:27:11

単純に違います。
多数派に対する便宜供与ですね。
国民全員を愛していたら政策なんて
実行できません。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

kyo********さん

2017/12/320:00:04

ずいぶん長いなぁ、このセンズリ野郎、、、(冷笑)。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

別のキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる