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勝てば官軍という言葉がありますが、 最新の戦史研究で「ホロコースト自体が捏造...

oka********さん

2018/2/501:34:50

勝てば官軍という言葉がありますが、
最新の戦史研究で「ホロコースト自体が捏造されていた」との記事を見たことがあります。ナチスを「悪」に仕立て上げるためだとしていますが、自分も疑問に

思います。まず、ガス室の建設や、遺体を燃やすガソリンなどの燃料はどっから湧いてきたのか。そもそもナチスの目的はユダヤ人を殺すことではなく、国外追放すること。その途中過程で強制収容所があっただけ。しかも物不足の戦時下ですからユダヤ人に飯を与えないために餓死するのも当然。虐殺なんてのは一部の人体実験だけで実際に行われていたのか?

日本だって南京大虐殺や従軍慰安婦などが問題になっていますがこれも真実がどうかは怪しい。


でもアメリカの日本人虐殺、パターン死の行進においての資料焼却、イギリス軍の現地住民の虐殺などは全く表に出てこない。


習った世界史や日本史はやはり西側に固められた嘘なのでしょうか。

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na_********さん

2018/2/507:44:25

ネット右翼による捏造や改竄されたものではなく、正しい資料をよみましょうね。

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bri********さん

2018/2/1112:59:47

okaruto29_0417さん

戦勝国が「自分たちに都合の良い歴史」に過去を改竄します

日本でも有名な、アンネ・フランクが書いた
「アンネの日記」は、本人の著作ではありません

アウシュビッツに、大量殺戮が可能なガス室はありません
(アウシュビッツの設計図面で明らか)
収容所で伝染病が大流行し、大半の死因は「伝染病」です

ヒットラーによるユダヤ人殺戮の命令書も存在しません
(命令書無しで、動くことは考えがたい)

なお、南京ではチャイナの主張する被害者の数は何十万と大きいが、その主張に反して、被害者名簿がなく、ただ一人の被害者すら何処の誰が被害にあったかすら確認できていません
(日本の東京大空襲、長崎、広島の原爆はすべて被害者名簿が存在します)

慰安婦の正体は、高給取りの売春婦です

と言った風に、「改竄された歴史」をあげ始めれば枚挙に暇がありませんね

okaruto29_0417さん

戦勝国が「自分たちに都合の良い歴史」に過去を改竄します...

xyz********さん

2018/2/801:02:51

1970年~80年代に全共闘世代のバカサヨどもが撒き散らしていた「ウソ」です。

慰安婦の強制連行を日本が国策でやったという証拠は、どこにもありません。

それがわかると、「性奴隷」から「女性の人権問題」と論点をすり替えてゴマカシています。

田島陽子などは、そういう変人の一人ですが。

大学の先生というのはプライドの高い子供ですから自らの間違いを認めません。


南京大虐殺についても中国国民党の宣伝で「捏造」されたことは、中国側の機密文書、証言、外国人の手紙から証明されています。


▼国民党国際宣伝処の責任者、曾虚白の自伝


『曾虚白自伝』(聯経出版社、1988年)より(抜粋)

「 ティンパーリーは都合のよいことに、我々が上海で抗日国際宣伝を展開していた時に、
上海の「抗戦委員会」に参加した3人の重要人物のうちの1人であった。オーストラリア人である。
・・・そして彼に香港から飛行機で漢口(南京陥落直後の国民政府所在地)に来てもらい、直接に会って全てを相談した。


我々は秘密裏に長時間の協議を行い、国際宣伝処の初期の海外宣伝網計画を決定した。
我々は目下の国際宣伝においては中国人は絶対に顔をだすべきではなく、我々の抗戦の真相と政策を理解する国際友人を捜して我々の代弁者になってもらわねばならないと決定した。

ティンパーリーは理想的人選であった。かくして我々は手始めに、金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼して、 日本軍の南京大虐殺の目撃記録として2冊の本を書いてもらい、印刷して発行することを決定した 。 (中略)
このあとティンパーリィはそのとおりにやり、(中略)2つの書物は売れ行きのよい書物となり宣伝の目的を達した。 」



▼台北の国民党史館所蔵の工作宣伝に関する機密文書


①「国民党中央宣伝部国際宣伝処工作概要」(1941年)

「戦争とは何か―中国における日本軍の暴虐」は中国国民党が編集印刷した「対敵宣伝本」と記録されている。

(東中野修道『南京「虐殺」研究の最前線・平成十五年版』p.265-6)


②「中央宣伝部半年中心工作計画」


「確認された史料は「中央宣伝部半年中心工作計画」。39年3~8月の党中央宣伝部の活動方針を記したもので、表紙に「秘密」の押印がある。宣伝部の下部組織、国際宣伝処英国支部(ロンドン)の「責任者」のトップにティンパリーを挙げている。」
「37年、ティンパリーが国民党側から月額1千ドルの活動費を得ていたことも、産経新聞が入手した米コーネル大図書館所蔵の史料から分かった。」

2015年4月16日 産経新聞(抜粋)

▼ベイツからティンパレーへ 1938年3月3日 中国 南京 金陵大学

「ここにいる外国人のグループのある者は、全ての伝導団が南京から追放されないように、当局(日本側)に対して徹底的に報告を行ったり、抵抗したり、あるいは間接的に宣伝することはやめるよう懇願し続けています。それはスマイスやミルズに対してもある程度行われ、フィッチがここにいた時は彼に対しても行われました。以上のことは、しばらくの間、用心深くする必要があることを示唆するために触れました。」

「南京事件資料集 アメリカ関係資料編」(青木書店 1992年)358頁


▼市民の被害について

https://blogs.yahoo.co.jp/xyzxy888/49159025.html

中国軍は「安全区」に強制的に市民を集め、従わない者は射殺した。

その結果、日本軍が南京を占領後に「安全区」の委員会は日本側に対して「安全区
」に大部分の市民がいると報告。


その「安全区」の殺人は六週間で49人と記録されているが大部分が伝聞で「噂話」程度のことで、確実な2件に関しても停止命令を無視して射殺された事案とゲリラの処刑の事案で違法行為ではない。

つまり、確実な違法殺人は1件もなかった。


戦後の調査でも、各機関を動員して証人探しに狂奔したが三か月もたって、目撃証言(それも胡散臭い)が1件、被害関係者の証言は1件もなかった。


ちなみに東京裁判では「2~3日で1万以上の市民が殺された」としている。



これだけの中国側(日本側ではない)の公式の記録で、「虐殺」がなかったことを証明する史料が存在するにも関わらず、「南京事件」という「茶番」をいつまで喚き散らしているのでしょうね。

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mal********さん

2018/2/519:43:59

「ホロコーストは捏造されていた」という人の「ホロコースト」が何を指すのか、実はバラバラだったりする。
だから、全く同じ史料を見て、全く同じ結論にたどり着いたにもかかわらず、ある人は「ホロコーストは捏造されていた」といい、ある人は「ホロコーストは存在する」という状況が矛盾なく発生しうる。
こういうことが起こりうる、ってことは理解できるかな?
つまり、捏造を主張する側は、「死者数600万とか吹いてんじゃねえよ」という点で「捏造」を主張し、捏造を否定する側は、「規模はともかくあったことは間違いないだろ」という主張だってこと。
「一部の人体実験」で「虐殺」が行われていたのであれば、それをホロコーストと呼ぶことに対して何の問題もない。

有名どころではアンネ・フランクとか、ユダヤ人狩りに遭ったユダヤ人の手記や証言、というのは数多くある。それを行ったドイツ人やポーランド人の側の証言もね。
それらが全て捏造であった、というのは、あまりに無理があるのでは。ホロコーストは密室で行われていたものではないし、ひとの口に戸は立てられない。まだ存命の方だっている。

貴方が知らないこと、は表に出てこない、隠蔽された事実ではないよ。
学校の世界史は、あくまで先進国における一般常識として、教養として必要と思われる箇所を極めて限定的に学ぶものでしかない。人類史すべてを網羅することを目的にはしていない。だから、学校で習わなかったことが嘘ではないし、故意に隠そうとしているということでもない。

ついでに言えば、「最新の研究」というものは、「正しい研究」であることを含意しない。ある一意見が「学説」として、さらに「事実」として認められるためには、多くの人の確認と批判を経る必要がある。
批判に晒された経験が少ないという点では、最新研究は常に眉に唾をつけて見るべきものであって、初学者(高校で世界史を学んだ程度じゃ初学者とも言えないが)が手を出すべきものではない。

nag********さん

編集あり2018/2/517:17:38

直接ホロコーストを立証するような証拠は、どんな形であれ、全く見つかっていません。

歴史家の会議でも、ホロコースト定説派(あったと主張する人々)も物証がないことは認めてますし、ホロコースト裁判でも直接的な証拠が提示されたことはありません。唯一の証拠は証言だけです。

昨年亡くなった元欧州議会議長のシモーヌ・ヴェイユ氏(哲学者とは別人)は(ホロコーストはあったとしながらも)さらに踏みこんで虐殺の痕跡、証拠、証人など一切存在しないことを認めています。

フランス共産党の理論的指導者だったガロディの「偽イスラエル政治神話」には、こう書かれています。

『最初に“ガス室”の存在を証明する基本として必要なのは、この措置について記した命令文書の提出である。

ところが、そのすべてをヒトラーの敗北以後に同盟国軍が押収し、ドイツ当局が細心の努力を払って整理した【文書の中には、この計画に充てる予算書もまったくなかったし、・ガス室・の建造や、その機能に関する命令書もまったくなかった】。

【ただの一語といえども、普通の裁判なら当然の取り調べの対象となる“凶器”の専門的な鑑定に必要な唯一の単語すら、まったく発見できなかった】。それらは【これまでの裁判の法廷で、一度たりとも提出されたことはない】のである。

さらに驚くべきことには、旧ドイツ帝国の領土内ではガス殺人が行われなかったという公式の認定が、それまでの無数の“目撃証言”による立証にもかかわらず下ったのちにも、東側、とりわけポーランドの集中収容所に関しては、証言の主観性についての同様の基準が承認されていないのである。

最早、それらの“証言”の疑わしさは、歴然としているのに、いまだに、この状態なのである』

ヒムラーはむしろ収容者の死亡率低下を命令していますし、その当局記録も残っています。

ナチスの犯罪を【自白】したヘスの矛盾に満ちた『告白』にも、ヒムラーのその死亡率低下の命令を何ヶ所かで記しています。

赤十字は収容者が戦争末期になるまで比較的十分な食事を摂っていたことを報告していますし、それは収容所の文書とも一致しています。

共産主義者のエルンスト・ラフは1947年4月18日のニュルンベルク宣誓供述書で、ダッハウの強制収容所での囚人の処遇は人道的であったと証言しています。

ダッハウは今では絶滅収容所では無かったとされていますが、戦後すぐの頃はガス室による虐殺の目撃証人がいました!!!

ポーランドの地下リーダー、ヤン・ピエフォヴィアクも1946年にダッハウの囚人が良好な扱いを受けていたと証言し、戦時中ダッハウのフードサービスで働いていたベルタ・シロッツィンは、1945年の初めまではドイツの窮状にも関わらず、毎朝午前10時に慣習的な第2の朝食を受けたことを明らかにしました。

戦後の赤十字報告にはガス室のことなど何も書かれてなくて、戦勝国の無差別爆撃によって大混乱が起こり、飢餓や病気などで多くのユダヤ人が死亡したとしているだけです。

赤十字は何度も「収容者に被害が及ぶような無差別な攻撃はしないでほしい」と頼みましたが、連合軍がそれを聞き入れることはありませんでした。

それを裏づけるように、毒ガスによる犠牲者は今までに一人も見つかっていません。遺体の死因はチフスなどの病気が主です。ツンデル裁判においても「毒ガスによって死亡したという検死報告書は見たことがない」と定説派も認めてます。

ホロコーストを立証するような文書が発見されないので定説派は、ナチスはユダヤ人を虐殺するためにコード言語(仲間内だけで通用する言葉、隠語のようなもの)を使用したとしています。

そのことを文教大学の教授だった故加藤一郎氏は

『オリジナルの第一次資料に登場する表現や単語の解釈を文字通りに解釈するのではなく、ホロコースト定説派の「暗号解読官」たちだけが恣意的(好きかってに)に解釈することが許されているのは、歴史学の中でも伝統的ホロコースト史学だけであろう』

と批判しています。

nor********さん

2018/2/511:55:28

歴史は勝者がつくるものです。

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