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東日本大震災で三陸沖北部まで破壊が進んでいたら(4連動に?)どうなっていたで...

yuk********さん

2018/3/1109:36:45

東日本大震災で三陸沖北部まで破壊が進んでいたら(4連動に?)どうなっていたでしょうか?
また、マグニチュードはどれくらいになっていたでしょうか?

その場合、青森県や北海道の津波の高さはどうなっていましたか?
例えば、八戸やえりも町の津波は何メートルくらいになっていたでしょうか?

また、八戸や浦河町の震度はどれくらいになっていたでしょうか?

想像による簡単な予測やどれか1つに対する回答でも構いませんのでよろしくお願いいたします。

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2018/3/1111:49:30

東北地方太平洋沖地震で動いたプレートスロープの広さは、断層の長さ約450km、幅約200kmで、すべり量 最大20~30m程度とされています。
一方、松田(1975)の経験式を利用すると次の結果を得ます。

規模 _ 断層の長さ __ 変位量
M 9.0_316.227766 km_ 25.118864 m
M 9.1_363.078055 km_ 28.840315 m
M 9.2_416.869383 km_ 33.113112 m

数式理論的になら長さが100kmほど伸びればM9.2の地震規模になります。

しかし東北地方太平洋沖地震は、その地震よりも前に北東側で規模の大きめとなる群発性の地震が続き、9日の震源が8kmと浅い位置へ浮き上がったことから、福島県沿岸側方向へ強い圧力が加わり、プレートスロープ面を動かし始めるプロセスとなったのが原因です。
この9日の地震が起きなければ、11日のM9.0地震が起きなかったわけです。

簡単に4連動の規模を想像するだけなら計算式通りですけど、そのためには9日の震源を北側へと移動させなければなりません。
そのまま北上させればプレート境界面内に入り込んでしまいますから、プレートを斜めに摺り動かす力が生じなくなり、M9.0地震のような連動が起きなくなります。
また北東側へと移動させるとプレ地震を起こしている活動的プレート境界面の部分へ力が加わらなくなる結果、これもM9.0地震が起きなくなります。

東北沿岸のプレート境界が微妙に弧を描いており、まさに起因となった地震の震源位置は「ここでなければM9.0を起震できない位置」だったんですよ。

【 2011年1月から3月10日の震源とM9.0の震源位置 】

東北地方太平洋沖地震で動いたプレートスロープの広さは、断層の長さ約450km、幅約200kmで、すべり量...

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ID非公開さん

2018/3/1110:21:08

北海道太平洋岸も三陸と同じ運命辿ってたかも知れん。
函館で酔っ払いが一人溺死しただけでは済まなかったろう。

余談だが米軍三沢基地に津波が押し寄せてたら、中露北朝鮮がドサクサに紛れて日本侵攻してたかも知れんしな。

2018/3/1110:00:14

知らないです。
恐竜絶滅した時の隕石の時マ11位といわれてます。
マ20位は過去に一回あったと思います。
原始地球に火星位の天体がぶつかったときです。
その時月が出来たんですって。つきは兄弟ですね。

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