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ねるきちシリーズ第二回はいかがですか ねるきちの父親の失踪 名古屋大学大...

unn********さん

2018/3/2121:45:30

ねるきちシリーズ第二回はいかがですか

ねるきちの父親の失踪

名古屋大学大学院に通うねるきちは、弟の海を失ってから、海の実家の実川家で下宿していたが、父と別れて暮らしていた。

ねるきちは父のことを好きであり、かつ、鹿児島ラーメンをめぐる旅に出ることを約束していたので、残念でならなかった。
そこに父の勤務する外資系の会社からねるきちに電話があった。
「松平ねるきちさんてすね」
電話の声は若い女であった。
「お父上が会社に来ていません」
ねるきちは言った。
「私は父のマネージメントをしているわけではありません」
そう言って電話を切った。
しかし、そうは言ってもねるきちも人の子であった。
父親の身の上を案じて、家に電話をかけた。
母親が出た。
「お父さんはもどっているかい」
母は答えた。
「そう言えば一週間ほど姿を見ていないわ」
母は暢気な性格であった。
また、父は働き方改革が叫ばれる昨今会社に泊まり込んで帰らないことが度々あった。
ねるきちは尋ねた。
「どこに行ったのかな」
母は言った。
「会社にいないことはたしかね、さっき会社からいなくなったけど、居場所を知らないかって電話がかかってきたから」
ねるきちは電話を切った。

そして、友人の向浜直樹(むかいはま・なおき)に相談することにした。
向浜直樹は、ねるきちの数少ない親友の一人であった。
名古屋大学理学部数学科修士課程の俊秀で、かつて中央大学理工学部数学科に学んだねるきちがどうしても解けなかった数独を一瞬で解いてねるきちを瞠目させたことがあった。
ねるきちは名古屋随一の名刹(めいさつ)東光寺(もうこうじ、仮名)を訪ねた。
この本堂の縁の下に向浜直樹は住んでいた。
彼の家は貧しく、大学受験で秋田の家から歩いて名古屋大学理学部数学科に受験に来て、宿として選んだのが東光寺の縁の下であった。
それから六年、学部四年と大学院修士課程二年間、彼はそこに住んで大学に通った。
東光寺の住職は彼の存在に気づいていたが、何かわけがあるのだろうと黙認していた。
向浜直樹は現在、大学の助手も兼任していたので、お金はあるのだが、東光寺の縁の下があまりに居心地がいいのでここを離れる気になれなかった。
大学に届け出た住所は東光寺の住所になっていたが、大学は東光寺に下宿しているものだと考えいるようであった。
ねるきちは向浜直樹の知恵を借りに来たのである。
幸い向浜直樹は東光寺の縁の下でコッペパンを食べていた。
向浜直樹はねるきちを見ると言った。
「ひさしぶりだね、松平ねるきち」
ねるきちは言った。
「半年ぶりかな」
向浜直樹は言った。
「スマホのYouTubeで情熱大陸を見たよ。君は路上ホーミーアーティストになったらしいね」
ねるきちは言った。
「本意ではない」
向浜直樹は言った。
「まあ、世間に住まう限り、自分のしたいことばかりして生きてはいられないわな」
ねるきちは言った。
「うむ、その通りだ」
向浜直樹は言った。
「で、何の用だ」
ねるきちは言った。
「僕の父が失踪した」
向浜直樹は言った。
「お父上がいなくなったって」
向浜直樹は以前ねるきちの家に来て、ねるきちの父親と将棋を指したことがあった。
ねるきちの父は奨励会にいたことがあるほどの将棋の達人で、向浜直樹は立て続けに三番将棋を指して、すべて破れて以来、自分には将棋の才能はないと諦め、余暇にはぺタンクをすることにしていた。
ぺタンクはフランスのゲームで玉の回りに小さな玉を投げて相手の玉を弾いて自分の玉が大きな玉に近ければ勝つと言う、単純な、けれども奥の深いゲームである。
向浜直樹は現在に名古屋地区のぺタンクチャンピオンであった。
現在、名古屋地区ではペタンク好き42名があつまって、名古屋しゃちほこペタンク協会を結成し、向浜直樹は現在事務総長の要職にあった。
「一緒に探してくれないか」
ねるきちは言った。
向浜直樹は言った。
「もちろんだ、君のお父上を探すことは僕の何よりも大切な仕事だ」
向浜直樹はチューリップの「青春の影」を似た言い方をした。
https://m.youtube.com/?reload=7&rdm=34s3ti51d#/watch?v=XcX4TE8Z9r4
「ありがとうって伝えたくてあなたをみつめたけどつながれた右手がまっすぐな思いを不器用に伝えてる」

https://m.youtube.com/?reload=7&rdm=34s3ti51d#/watch?v=AvdT8sYk2lk

ねるきちは負けずにいきものがかりの歌を引用して答えた。

向浜直樹は縁の下から出てくると大きな伸びをした。
それまで、ねるきちは縁の下をのぞきこんで向浜直樹と話していたのである。
向浜直樹はねるきちが下宿している實川家の十二畳の和室に来てそこをアジトとして、ねるきちの父親の行方を探した。
二人の調査は一週間続いた。
ねるきちは昼間は大学に行き、教授にお茶を出し、研究室の掃除をしたが、数学科の助手である向浜直樹は大学に行かず、調査に専念した。
ねるきちは数学科の助手が単に名目だけのものであり、ほとんど仕事がないことを知って驚いた。
向浜直

補足part2 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q121878947...

向浜直樹,東光寺,名古屋大学理学部数学科,松平ねるきちさん,名古屋大学理学部数学科修士課程,ペタンク,ダイヤモンドゲーム

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ベストアンサーに選ばれた回答

xps********さん

2018/3/2414:01:48

ペタングはやったことありません

私はダイヤモンドゲームが好きです

質問した人からのコメント

2018/3/24 14:09:31

ぺタン「ク」
だよ
ぺタンクは
玉という意味のフランス語らしい

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