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「悟りの境地」って俗に言うとどんな意味なんですか? 辞書等で調べても難しい意味...

isd********さん

2008/8/3010:28:48

「悟りの境地」って俗に言うとどんな意味なんですか? 辞書等で調べても難しい意味で理解できませんでしたので簡潔にお願いします。

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tkg********さん

編集あり2008/9/104:08:18

理解できなくて当然だと思います。

ムリに理解できるものじゃないです。きっと

「どうすれば悟りの境地に行けますか?」

と悟りの境地にいる人に質問したらこう帰ってくるかも

「さあ、わかりません。」

悟りの境地は誰にもわからないから。

仏典でも聖書でも悟りを開いた人本人が書いたものじゃないはず。
悟った人が言った言葉や行動を、
悟っていない人が自分の解釈でまとめただけ。
悟った人の言った言葉を理解できるかどうかは不明です。

それをどう取るかも自分次第。

悟りの境地にいる人は、自分が悟ったとは言わない。
周りがあの人悟っているという。悟ったことを喜んだりもしない。
悟ったことはどうでもいい。そんなことには興味が無い。
だって本能以外のすべてのことに興味がないから。

今自分に起きているすべてを受け入れ、何も思わない。考えない。

無意識に息をして、腹が減ったらご飯を食べて、性欲があればオナニーして、
相手がいればセックスする。でも自分から相手は探さない。他人から来る。
寝たければ寝る。死ぬときは死ぬ。何も考えないで本能のまま過ごしている。

他人がどう思おうが関係ない。

生活に少しでもお金が必要な場所で生活していたら、悟りは開けない。

悟りの境地にいたら、ご飯を食べたければ、近くにある食べれるものを食べる。
食べ物がなければ探す。見つからなければ餓死して死ぬ。
生きることも死ぬことも考えない。

そういう生活をしている人を見つけたら付いていけば、答えが見つかるかも。

でも偉そうに回答してしまいましたが、自分も悟っていないから本当の答えはわかりません。

すべては本人自身が気付くかどうかだと思います。

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usa********さん

2008/8/3012:11:43

簡潔にまとめるのは、少々困難ですが、可能な限り平たくご説明いたします。

命あるものの心(命)の「境涯(命の状態)」は十段階に分けられています。それを【十界(論)】といい、よく用語として「六道(輪廻)」がありますが、これは十界の中の《地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天》という、六つの境涯を顕していて、その六つの境涯を行き来することで、人は苦や迷いの元凶となる煩悩から脱却できない事を顕しています。時には憎み、嫉妬し、時には貪欲に走り、時には嘆き悲しみ、そして喜び(悦)に包まれる。その「不安定」な境涯を、常に振り子のように行ったり来たりするのです。しかし、その世界の中だけで生きている限りは、真の幸福を実感できないということです。

前記の六道に対して、その上の境涯であります《声聞(しょうもん)・縁覚(えんかく)・菩薩・仏》がありますが、これらを併せて「十界」といいます。命あるものは、一切例外なくこの十界を命に宿していますが、これらの界の中のどの境涯の命が最も強く、その人に影響を及ぼしているかで、その人の人格(性格)や言動行動、生き方全ての根本となり、その人自身ともなります。

十界の中で最高位である【仏界】は、「常(じょう)・楽(らく)・我(が)・浄(じょう)」といって、崩されることのない自由自在の生命活動(常)、生きていくこと自体が楽しいという絶対の幸福感(楽)、何ものにも粉動されない円満で強靱な主体性(我)、何ものにも染まることのない清浄な生命(浄)という四つの特性に象徴される、最高の生命力であります。

この仏界を自らの内に開発するならば、それが私達の肉体面、精神面に作用して、力強い活動力と、勝れた不思議な智慧の働きを発揮しはじめます。そして、これを現実生活の原動力として生きるときに、いかなる人生の荒波・苦悩をも打開し、解決していけることを説いたものです。

『悟りの境地』とは、この仏界が自身の全てとなることを示しており、ここに到達することは、即ち『仏陀と成る』ということですから、煩悩を命に未曾有に宿した凡夫(現代の衆生)では不可能です。しかし、「境地」に達し、イコールにならなくとも、前記のような生き方、心の持ち方を以て実社会・世間で生き抜くことは可能です。自己の心に救う悪因(貪欲・怒り・憎悪・嫉妬・怒り)という自他共に不幸とする原因(悪因)を認識することで徐々に緩和し、高い境涯を目指す生き方、心の変化は誰にでも出来うることです。

mke********さん

2008/8/3012:07:16

私が悟りを得た境地

自己の心と宇宙の心が同じであるとき、心は自在でありなに事にもとらわれない

真の自由となります。人間の大きさは限られていますが、心の大きさ、広さには

限りはありません。心のあり方で、宇宙大の広さにもなりますし、小さな心にも

なります。心に真の神の心が宿ると、宇宙全てが神の心と自己の心が同じになる

自分は宇宙の一部である、心(魂)は永遠にして、宇宙の広さを持つのである

宇宙と自己は一体である。みんなが一体である。ですからみんなが兄弟姉妹で

あり母であり父なのです。みんなが互いに仲良くして暮らして行く事が真の神

の心です。

chi********さん

2008/8/3011:47:06

こうして、神は人に仰せられた。
「見よ。主を恐れること、これが知恵である。悪から離れることは悟りである。」
旧約聖書ヨブ記28章28節

と書いてあります。

ech********さん

編集あり2008/8/3018:20:58

・・・わかっちゃったなぁ、わかっちゃったなぁ。・・・・・・・・!!
あることに、ふと気づくこと。
どうして、今まで気づけなかったんだろうと後悔するほどに。

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