ここから本文です

ジャンボ鶴田が心から安心してホッと出来た瞬間は何時だったと思いますか?

ohh********さん

2018/3/2812:42:24

ジャンボ鶴田が心から安心してホッと出来た瞬間は何時だったと思いますか?

1長州力とのシングル対決で判定勝ちともいえる試合をして85年当時、プロレス界の頂点にいた長州トップ論を封じ込めた時
2三冠ヘビー級統一ロードを制して初代三冠ヘビー級王者になって大阪大会で天龍をパワーボムで失神KOして完勝した時
3天龍始めとする大量離脱の危機から全日本の若手の壁となって全日本を守り91年プロレス大賞で3回目のMVPに輝いてジャンボ鶴田最強論が出た。時代がやっと鶴田に追い付いた時
4馬場さんを見送って全日本退団した時
良かったら回答よろしくお願いします!!

閲覧数:
257
回答数:
3

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

プロフィール画像

カテゴリマスター

猫目小僧さん

2018/3/2813:21:07

4だと思います。肝臓を患って第一線で無くなった時気持ちは固まっていたと思います。

  • 質問者

    ohh********さん

    2018/3/2815:07:33

    思えば7年余りもそんな風に過ごしていたのを思うと胸が痛みますね。晩年はずいぶんと痩せてしまわれていました

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2018/3/29 05:49:34

無尽蔵なスタミナを誇っていた鶴田が肝炎でキャリアだった。幼少の頃に感染しており鶴田も85年には自分の体の事を分かっていたと後になって知りました。
85年て長州力を圧倒した絶頂期でした。鶴田は来るべき日の事を思いながら試合をしていたのか…84年にニックからAWAを奪取して防衛戦でニックの足を引っ張って両者リングアウトに持ち込んで防衛した時の鶴田のホッとした顔も思い出します。
回答ありがとうございます

ベストアンサー以外の回答

1〜2件/2件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

tks********さん

2018/3/2816:17:48

5.その他
サムソンクツワダが鶴田を引き抜き新団体旗揚げを企図したとき、首謀者のクツワダとともに鶴田解雇も検討されたが、新日に取られることを嫌った馬場が鶴田を残留させ、その上、馬場は鶴田の為に全日関連会社(全日のリング運搬と設営を請け負う会社)を作り、鶴田を役員にして囲い込みと事実上のギャラアップをしたとき。
通常ギャラに加えて、全日合宿所の賃料収入、関連会社の役員報酬、おとなしくしとけば全日から放逐されることはない立場を手に入れたのですから「全日に就職したサラリーマンレスラー」としては重畳でしょう。

なお、3のパワーボムは鶴田の失敗で「ああ、やっちゃったな」だと思います。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

min********さん

2018/3/2813:30:03

4だと思います。全日本プロレスに就職しますとの言葉でこの業界に入った鶴田にとっては、退団こそ肩の荷が降りた瞬間だったのではないでしょうか。

1は長州もリベンジの機会を狙ってたかもしれませんし、馬場さんの目から見たら、もっと噛み合うお客さんを満足させる試合をしろと言いそうです。

2は天龍には完勝しても王者であれば、ハンセンを始めベルトを狙う強敵はいなくなったわけではないです。

3この後から鶴田は病との戦いもあり三沢ら次世代に託す役割を果たさなければならない、その使命を全うしなければ安心出来ません。

要するに現役である以上はプロレスラーに心からホッとした安心する瞬間はないのではと思います。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる